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第196話

「たしか、鈴蘭といったか……」 「! はい、鈴蘭と申します!」 「以前、厨房で会ったね。陛下が、紹介してくださって……。ああ、それなのに私ときたら倒れてしまって、申し訳ない」 「そんな! 滅相もございません!」  謝ったアスカに、鈴蘭は目を見開いて、深く頭を下げた。  しかし、何かが気になっているのか、どこか落ち着きがない。 「走っていたけれど、何かあったの? 捜し物かな?」 「ぁ……あの、王妃様」 「うん?」  モジモジしていた彼女が、チラリと視線を上げた。 「猫を……見かけませんでしたか……?」 「猫? 鈴蘭の友達?」 「……はい」  俯いて、服をキュッと握る彼女に、アスカはアキラを思い出した。  怒られている時や、不安を抱えている時に、よくそうしていたっけ。 「猫は見ていないんだ。特徴を教えてくれるかな。見かけたら、鈴蘭のもとへ連れていこう」 「い、いいえ、そんな、」 「陛下が鈴蘭のことを気にかけていたから、私もそうしようと思う。だから、気にせずに、甘えておきなさい」  アスカはそう言って、清夏のいれてくれたお茶を飲む。   「無事に見つかればいいね」 「はい。ありがとうございます……!」  ふたたび、深く頭を下げた鈴蘭にふっと微笑んでみせる。  しかし、陛下はなぜ彼女を気にかけているのだろうかという疑問が、少し残っている。 「失礼、致しました……!」  そうして駆けて行った鈴蘭。  アスカはその後ろ姿を見つめながら「しかし、あの子はどうして陛下に気に入られているの?」と言葉をこぼした。  その瞬間、ピリッと空気が尖る。 「あ、いや、怒っているとか、怪しんでいるわけでなくて……!」  それを察したアスカは、慌てた。  陛下に気に入られてる鈴蘭が煩わしく感じたのではないかと、周りを焦らせてしまったからだ。 「純粋に、気になっただけ! あの子に対して怒っているわけではないよ」  明らかに空気が和らぎ、アスカもほっとする。  やはり言葉には気をつけないと……と王宮に来てから数年経ち、王妃になった今もそれを実感した。

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