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第197話

 夜になり、政務を終わらせ後宮へとやってきたリオール。  彼がアルマに癒されている姿を見ながら、アスカは口を開いた。 「鈴蘭に、会いましたよ」 「鈴蘭? なぜだ。あの子は厨房を担当している女官のはずだが……。厨房に行ったのか?」 「いいえ。後宮に走ってきました」 「走って……?」 「ええ。猫を捜していたようです」  眉を寄せる彼は、やはり鈴蘭には特別な感情を抱いているらしい。  昼間に言葉には気をつけないとと思ったのだが、しかし、少し彼に意地悪してみたいと思った。 「あの子に、特別な感情でも?」 「何を言っているんだ」  少しツンとした声で、そう聞けば、リオールは戸惑った表情を見せた。 「可愛らしい娘ではないですか。明るくて、溌剌としているようにおもいます」 「……王妃?」 「女官は多くおりますのに、あの娘を陛下が気に入られる理由は、なんでしょう」  ジッと彼を見つめる。  そうすれば、彼は目を瞬かせ、困ったように笑うのだ。 「あの娘の事は、王妃にも早く話さねばと思っていた」 「……なんです?」  拗ねたように問うと、彼はアスカの隣までやってきて、そっと手を取った。  手の甲を親指で撫でられ、つい視線を下げる。 「私が、王になる前の出来事で……そなたに毒が盛られたのを、覚えているか?」 「! もちろんです。あれを忘れることはありません……」  まさか、鈴蘭が……?  しかし、そうであるなら彼女はここに……それも厨房にいられないはず。 「あの犯人は、とある大臣だった。影で手を引いていた男だ。しかし……実行犯は葉月という女官で──鈴蘭の姉になる」 「っ──」  驚いて息を飲んだアスカは、思わず手を離しそうになった。  どうして、そんな彼女が、ここにいるのだと一瞬リオールが信じられなかったのだ。  夫夫であるのに、好きなのに、愛しているのに、どうして実行犯の妹が、すぐそばに居るのだと。 「鈴蘭は今でこそ明るい子ではあるが、少し前まで病弱で薬を飲まねばならなかったのだ。その薬を手に入れるために、大臣の言うことを聞いて、働いていたのが葉月だ」 「っ……」 「それでも赦されないのでは、と悩んだ。しかし、情状酌量の余地はある。そして、鈴蘭はそもそも、その出来事を知らぬ。……大臣については、遠の前に断罪した。葉月は……今は、王宮内でそなたの目に入らぬところで働いておるだろう」  アスカは何も言えなかった。  妹のために、悪い事だとわかっていながらも、大臣に言われ犯罪に手を染めなければならなかった姉。  姉である葉月を許してよいのかどうか、答えは出ない。  けれど今はただ、鈴蘭が何も知らなかったという事実だけが、心を締めつけた。

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