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第198話

 リオールは、そっとアスカの頬に触れた。  その優しさに、戸惑いのなかにいたアスカの目が揺れる。 「……黙っていて、すまなかった。あのとき話していたら、きっと、もっと混乱させていたと思った」  リオールの声は低く静かで、苦しみを内に宿していた。  アスカが何も言えずにいると、彼は続ける。 「私は、鈴蘭を気に入っているわけではない。ただ……どうしても気にかけてしまう。彼女の姉が、そなたを傷つけたことを思えばこそ。彼女自身は何も知らぬが、鈴蘭もまた、被害者であるから」  アスカは目を伏せる。  鈴蘭の、服を握っていた指先と、揺れる声が頭に浮かぶ。 「でも……それが、そなたをまた傷つけることになるのなら、鈴蘭も姉と同じように、そなたの目に触れぬ場所へ異動させよう」 「……っ、リオールさま」  名前を呼ぶ声は、掠れていた。  怒っていたわけではない。嫌いになったわけでもない。  けれど、どこかで少しだけ、怖かった。  リオールの手が、頬から離れる。  アスカはその手を、自分の手で包み込むようにして、ふるふると首を横に振った。 「……いいんです。そんな、追い払うようなこと……しなくていい」  彼の気持ちがわかった今、それだけで胸のつかえはほどけていた。  痛みが残らないわけではないけれど、それでも、信じたかった。 「……何も知らない、幼い子を、気にかけるのは仕方の無いことですね」 「……怒っているのではないのか? 鈴蘭でなくとも、私が女官に特別な感情を抱くのではないかと、恐れたのでは……?」  その問いに、アスカはふっと微笑む。  それは余裕を感じられるもので、リオールはキョトンとした。 「何をおっしゃいますか。リオール様は私の事が一等お好きでしょう。それに、貴方様は私の番です」 「あ、ああ……」 「自分の番を信じないなんて、馬鹿げています。それならば番になった意味がわかりません」 「アスカ、」 「少し、意地悪をしただけです。まさか……鈴蘭にそのようなことがあったとは知りませんでしたが……。驚きましたか?」  戸惑っている彼に、アスカはニコリと口角を上げた。  しかし、リオールの戸惑いもすぐに消える。 「なるほど。私はアスカの掌の上で弄ばれていたのだな」 「え……いや、そこまでは……」 「誰かあるか! しばらくアルマを見ていてくれ!」 「え、え? 陛下? 何事ですか」  今度はアスカが戸惑う番だった。  リオールはアスカの手を引いて立たせる。 「アスカを一等好き? ああ、そうだ。好きだ。何よりも愛している」 「え、ええ。はい。存じておりますし、私も貴方様を愛しております」  ズンズンと歩いて向かうのは、寝殿だ。  アスカはギョっとして、しかし立ち止まることは許して貰えず、足を動かした。 「いいや、わかっておるまい。私がどれだけそなたを愛しているか──今夜、しっかり教えてやる」  アルマが生まれてから、まだ一度も行為をしていない二人。  たどり着いた寝台に、押し倒されたアスカは、目を見開いて「リオール様!」と彼の名を呼ぶ。

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