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第202話 一通の手紙から

アスカが王宮にやってきて一ヶ月頃の話  リオールは毎日勉学に励んでいるとアスカについての報告を受け、ゆっくりと頷いた。 「有難いことだ。そう思わんか、陽春」 「はい」 「ただ、ここに居てくれるだけでも、胸が満たされるというのに。──自ら進んで学び、誰にも媚びず、まっすぐに進もうとしている。……私は、良い人を、好きになったのだな。誇らしく思うよ」  だがしかし、心配に思うこともあった。  アスカはここに来てから、ただの一度も家族との交流をしていないらしい。  会いに行くことは難しいが、文をしたためることは問題ない。  それすらもしないのは、ここにいる間に家族を思い出し、心寂しいと悲しむことが無いよう、我慢しているからなのだろうか。 「──アスカの家族の様子は?」 「はい。忍ばせた者によると、どこか元気がないように見える、と」  アスカがここに来た翌日には、リオールは彼の家族の元に人を送った。  決して関わることはなく、遠くから様子を見て報告するようにだ。  国王の命令でアスカの家族に何かがあってはならない。そんなもしも、の為に密かに動いていた。 「やはり、アスカから何も連絡が無いからだろうか。──陽春、私が彼らに、文を送るのはどうだろう……?」 「それはよろしいかと。人伝にでもアスカ様の様子を知れるのは、嬉しいのではないでしょうか」  陽春に背中を押され、リオールはすぐに文を書く準備をさせた。 ■■■ 「と、父ちゃんっ! 王宮からッ、王宮から、偉い人がきたっ!」  過ごしやすい気温から、少しずつ暑くなってきた頃。  アスカの一人目の弟──アレンが家に飛び込んできた。  父であるエイモンは困惑したが、やがてアレンと、アスカの二人目の弟──アキラと母のユウリに「ここにいなさい」と言い、一人家を出る。  するとそこには上等な衣服を着て、けれどどこか柔らかい雰囲気をした男性が立っていた。 「──突然すまない。私は雨月(うげつ)と申す。皇太子殿下より、アスカ様のご家族に宛てた文を預かり、届けにきた」 「こ、皇太子、殿下から……っ?」  腰を抜かしそうになり、エイモンは地面に座り込んで、深く頭を下げる。 「そなた、文字は読めるか」 「は、はい」  返事をすれば、差し出された手紙。  エイモンは有難く受け取ると、それを胸に抱いた。 「すぐに読みなさい。返事を書くのなら、待っている」  エイモンは激しく頷き、すぐに家族のもとに戻った。 「こ、皇太子殿下から、手紙が──」 「!」  ユウリは口元を手で多い、子供達は『わっ』と驚く。  エイモンは床に座ると、文を開けて文字に目を通す。  そうして、うっと喉を詰まらせ、目からはポロッと涙を零した。 「父ちゃん! なんて書いてあるの!」 「早く読んでよ!」 「あなた、私にも読ませてくださいな」  エイモンの手から、ユウリの手に移る。  ユウリは子供達に聞かせるように文字を声に起こしていく。 「──ご家族様」  拝啓  少し暑さを感じる頃となりましたが、いかがお過ごしですか。  長らくの間、何の報せもお伝えすることが出来ず、申し訳ございません。  アスカ殿は、健やかに過ごしております。  時に笑い、時に真剣に学び、静かに成長を重ねています。  いつか、アスカ殿と一緒に、そちらへ伺います。  その時に、ご挨拶をさせてください。  どうか、皆様もお元気にお過ごしください。  敬具  リオール・エイリーク・エーヴェル  ただそれだけの内容なのに、ユウリも涙をこぼす。  ──ああ、よかった。  何も分からないまま、連れて行かれてしまった息子。  彼が今どうしているのかを知る術もなく、心が疲弊する毎日だった。 「母ちゃん、兄ちゃんは元気だって!」 「ええ、そうね……っ」  アレンは大きな声で喜んだ。  アスカが居なくなってからというもの、暗くなる一方の家族の雰囲気をなんとかしようと、一人おどけた様子を見せたりして、家族を支えたのはアレンだった。  胸がいっぱいになって、ついアキラを抱きしめる。 「──へんじを、返事を書かねば」  エイモンはそう言って机に向かった。  綺麗な時は書けないし、文をしたためる際の手順も分からない。  ──けれど、忙しい中時間を割いてアスカの様子を教えてくれた皇太子には、感謝しかなかった。  震える手で文字をしたためていく。  書き終えた文を手に、待っていた雨月のもとにもどる。 「こちらを、お願いします」 「ああ」  雨月は短く返事をすると、踵を返し王宮へと戻っていった。 ■■■  リオールは雨月から手紙を預かった。  執務を中断し、紙を広げる。  字が震えている。  決して綺麗とは言い難い文字だが、そこには確かなあたたかさがあった。  手紙に対しての感謝の意と、アスカが元気であるのならよかったと。 「アスカは、愛されているのだな」  ふっと柔らかく微笑んだリオールに、そばに居た陽春も、手紙を届けた雨月も頬を緩めた。  リオールとアスカの家族との文通は、それからもずっと続いている。  だがしかし、そのことをアスカ本人には伝えてはいなかった。──気づかれずに、静かに支えること。それが今の自分にできる、ささやかな「守り」だと思っていた。    そして、この文通も繰り返される度に楽しいものとなって、まだ一度も出会ったことの無いアスカの家族を想像し、リオールは一人微笑んでいるのだった。 【一通の手紙から】 完

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