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第205話 香りに染まる※

 オメガの発情期は、たとえ妊娠中であっても治まらない。  身体への負担を考え、抑制剤の使用が選ばれることもあるが、本来それは最終手段であり、自然に任せるのが王族の慣例だった。  例に漏れず、安定期に入って間もなく発情期に突入したアスカは、隔離部屋に移動してリオールが来るのを待っていた。  しかし彼は現在会議を行っているらしく、到着するまでにはしばらく時間がかかる。  王妃の隔離を王に伝えに行った清夏は、「すぐには行けぬから、私の香りがするものを、王妃に」と王から言い渡されたことを実行するため、陽春と共に国王宮に急いだ。 「こ、これであれば、陛下の香りは染み付いているはず」 「ええ。では、そちらをお借りしても?」 「はい。王妃様に、どうか」  陽春から王の襦袢を受け取り、王宮内を走った。  そして、隔離部屋についてすぐ、すでに熱に浮かされている王妃に、それを手渡す。 「王妃様、陛下はもう少しお時間がかかる模様。ですので、こちらをお持ちしました。こちらで、暫くお待ちくださいませ」 「ん、っん……へぇ、か」  襦袢を渡せば、直ぐにそれに顔を埋めたアスカ。  清夏が部屋から出ていくと、アスカはそれを嗅ぎながら、自身の下肢に手を伸ばす。  体が疼いてたまらない。  リオールの香りが余計に思考を融かしていく。  自ら手を後ろに伸ばし、すでに濡れている蕾に指を這わせると、ゆっくりそこに埋めていく。  くぷっと溢れたそれのおかげで痛みはない。 「ぁ、ふ……」  ちゅくっ、と指が音を立てるたびに、アスカの喉から掠れた吐息が漏れた。  頭の奥が熱に溶け、理性は薄く霞んでいく。 「はぁ……、リオ、ルさま……っ」  思わず洩れた名を噛み締めるように、ぎゅっと襦袢を抱きしめた。  纏わりつくリオールの香りは、心地よく、そしてつらい。  ──触れてほしい。名前を呼んでほしい。どうして、来てくれないの。  涙がひとすじ、こめかみを伝った。  嗅ぎ込むたびに募る恋しさが、疼きと混ざって心を焦がしていく。  指が奥を探るたび、浅ましい自分が嫌になる。  けれど止まらない。止められない。  彼が来るまで、何度でも、繰り返してしまう気がした。  ──そのときだった。  扉の外、足音が止まる。  重たい扉が、ゆっくりと開かれた。 「アスカ……!」  低く、どこかかすれたリオールの声が、部屋に満ちた。  アスカは反射的に振り返った。  うるんだ瞳の奥で、涙と欲が滲んだ。 「……へ、いか……っ」  声にならない声で彼を呼びながら、襦袢を抱いたまま、アスカはそっと身を起こした。  その瞬間、優しく抱きしめられ、最愛の番の香りが直接鼻腔を擽る。  アスカの体は一気に熱を高め、そして── 「ひっ、ぁ……!」 「っ、アスカ、もしや……」  体がガクガクと震える。  腰が勝手に揺れていた。  まさか、抱きしめられただけで絶頂したのだ。  さすがのリオールもこれには驚きとあまりのいやらしさに愛しさを爆発させ、まるで襲い掛かるかのように口付けを繰り返す。 「んむっ、ん、ぁう、ぅ……っ」 「ああ、可愛い、なんと愛しいのだ」  溺れるかのような口付けを繰り返され、アスカはゆっくりと寝台に押し倒される。  ──気持ちいい。気持ちいい。  リオールの首に腕を回し、もっと欲しいと口を開けて舌を絡める。  唾液が酷く甘く感じて、何度も繰り返すうちにそれだけで甘く達したアスカは、くったりと寝台に寝転がると体を痙攣させて小さな喘ぎ声を漏らした。  すでに自身の指で解されていたそこに、リオールの指が挿れられる。  ビクッと大きく体を跳ねさせたアスカは、しかし逃げることはせずに与えられる快楽を受け入れた。 「あぁっ、ぁ、あー……んっ、ぁ、きも、ちぃ……リオール、さまぁ、あぅ、ふ……っ」 「もうこんなに濡れている」 「はぅ……んぁ、も、もう、ほしい、ほしいです、リオールさまぁっ」  アスカは既に限界が近かった。  早くリオールと繋がりたくて、その熱に翻弄されたくてたまらない。  泣きながらそう伝えれば、リオールの手がアスカの腿の裏をやさしく持ち上げる。  そして、膨らみ始めた腹を気遣うように、彼は後ろからそっと身体を預けさせた。 「この方が、体への負担が少ないだろう」 「……?」  そっと頬に唇が落とされる。そして、リオールはアスカの後ろからぬるりと滑り込んだ。 「あっ、はぁっ、あ……っ、ん、ふ……ぅ……!」  アスカの中は、熱と欲で蕩けきっていた。  それでも、後ろから押し広げられる感覚に、小さな震えが走る。 「……っ、すごく、熱い……っ」 「リオール様……っ、きて……もっと……っ」  理性のないその声に、リオールは本能を刺激される。  ただ、子供を抱える体を乱暴に扱わないように、動きはゆっくり、けれど確実に深く。 「っ、ああ、奥……だめ、そこ、っひあ……ッ!」  甘い声が部屋に響くたび、リオールの理性も徐々に溶けていく。  それでも必死に抑えながら、彼は何度もアスカに愛を囁いた。 「好きだ、アスカ……君が、愛しくてたまらない……」 「ぁ、わ、私も、好き……リオール様……ぁ……ッ」  肌を打ち合わせる音が、ゆるやかに、そして徐々に高まっていく。  重なり合うたび、二人の熱が昇り詰める。 「……アスカ、そろそろ……っ」 「ぁ……きて、リオール様の全部を、ください……っ」  そう言った瞬間、ふたりは一緒に絶頂へと駆け上がった。  小さな呻きと、どこか甘い泣き声が絡まり合い、長い余韻のなかで、アスカはリオールの腕の中にぐったりと沈み込んだ。  息が落ち着くまで、しばらくの間、寝台の上には静寂が流れた。  アスカはリオールの腕の中で、まるで壊れ物のようにそっと抱きしめられている。  彼の広い胸に耳を当てれば、どくん、どくんと心音が響いて、熱の余韻に染まった体を優しく揺らした。 「待たせて、すまなかったな」  額にキスを落としながら、リオールがぽつりと呟く。  アスカは少し熱が落ち着き冷静になってきた頭で先程までのことを思い出し、恥ずかしさに頬を染めながら、ぎゅっと胸元の布を掴んだ。 「……陛下の香りが、ありましたから……嬉しかった……」 「そうか……清夏にも陽春にも、礼を言わねばな」  そう笑う声はどこまでも柔らかい。  リオールはそっとアスカの腹に手を添え、小さく膨らんだ命を慈しむように撫でる。 「君の体も、この子も、何より大切だ。産まれるまでは、あまり激しくはできないな」 「ぁ……はい、そうですね」  ふにゃりと笑って、アスカは目を細めた。   「陛下……」 「ん?」 「もう、今日は一緒に居てください、ますか……?」 「もちろん。ずっと一緒にいる」  その返事を聞いて、アスカは安心したように目を閉じた。  恋しさと快楽に溺れた心が、ようやく甘く穏やかな静寂に包まれていった。 【香りに染まる】 完

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