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Ch.4

『HILLOCK』に戻れば書ける確信があった。が、その必要に駆られてというより、正直なところ、店主の彼との小さな交流を楽しみにしていた僕は、オックスフォードに着いた翌日の昼、さっそく『HILLOCK』に足を運んだ。 『HILLOCK』のドアを開け、あのコーヒーと甘く優しい香りに包まれれば、心の底からほっとしていて、改めてそういう場所であることを確認できたことが嬉しい。 いつものように、テラス席には先客がいて、ピースの姿は見えなかった。 今日のバイトはピースを教えてくれた女性で、ランチのセットは日替わりサンドイッチ(今日はサーモンとクリームチーズ)を頼んだ。 客の大方は、見覚えのある顔ぶれだったが、カップルらしい若い男性の2人組は、初めて見た。勉強している3人組の学生は、以前見た若者達とは違った。オックスフォードの街には100近くも図書館があるのに、ここに来る彼らに親近感を覚えてしまう僕は、幸せな気持ちでPCを開いた。 そして、今日も店主は、ほとんど厨房にいた。お茶の時間、ホールで少し給仕した彼は、僕に気がつくと『あっ』と驚いて、大きく見開いた目を細めた。 それだけで胸が踊ってしまった僕は、なんとか冷静を装って会釈を返した。 閉店間際。レジカウンターに『こんにちは』と現れた店主が何かを口にしたが、わからなかった。 「すいません、わかりませんでした」と伝えると、彼は少し焦って、メモにこう書いた。 《こんなに早く来るとは思わなかった》 ニコニコしている彼のそれが、前回、僕が言った「またいつか来る」に対してだとわかった時、ドキッとした。 「あぁ…期待してませんでした?」 『半々』と肩をすくめた彼は、冗談めかして微笑(わら)った。 そして、再びメモにペンを走らせると、《仕事でオックスフォードに?》と僕を覗いた。 ただの雑談なのに、会話が続くことが嬉しい。 「えぇ、そう…僕みたいな客はお呼びじゃないですか?」 まさかと言うようにふっと苦笑して、彼は伝票を取った。 「実際は、仕事のような遊びのような…半々です」 クスリとした彼は、《ここにばかりいる》と書いて、楽しそうに僕を見上げた。 「帰巣本能みたいなものですね」 また、クスクスした彼は、《今回はいつまでですか?》と書いた。 その、かわいらしいクスクス笑いが、好きだと思った。 「特に決めてないんです、今の仕事を終わらせるまではいるつもりで…」 予想外の返事だったのか、『すごい』と目を丸めた彼は、レジの金額を示した。 会計を終えてもこのまま会話を続けていられそうだったが、さすがに舞い上がり過ぎな気がして自重した。第一に、僕はまだ、名乗ってさえいなかった。 「僕はノーマン…貴方はウィルさんですね?…あぁ、前に店員の男性が貴方のことをそう言ってて…」 『はい』 大きく頷いた彼は、白い歯を見せて笑った。 「それじゃ、また来ます」と言うと、彼は『よい滞在を』とニコニコした。

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