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翌日も、昼には『HILLOCK』に行って、閉店ぎりぎりまで執筆に集中するつもりだった。 ランチにフィッシュ&チップスとサラダを頼むと、提供された皿の側に店員の女性がメモを置いた。インド系の彼女は初めて見る顔で、彼女も恐らく学生だろう。 メモには、店主の彼の文字で《サラダのおかわり、サービス》とあった。 昨日の僕の言葉を案外真に受けていたのか、気遣いは嬉しいが、店主は少々お人好しなのかと思えた。 店員の彼女に「ちょっと聞きたいんだけど、君はここで働いてどれくらい?」と聞くと、彼女は「1年くらいです」と答えた。 「ウィルさんって、こういうこと、よくしてるの?」 「ん~たまに?気分次第じゃないですかね」 彼女は、意外な返答をした。 「気分??」 「えぇ、そんなにお客さんと関わらないし、ちょっと引っ込み思案なところがあるので…よっぽど仲良くないと、こういうことは滅多にしてないと思います…まぁ私、週に2くらいなんで、いつもを知ってるわけじゃないですけど…」 メモを覗いた彼女は、「お客さんは、彼の古い友達とかですか?」と聞いた。 「だったら“さん”呼びはしてないね」 「そっか、じゃ、ウィルの会計士さんとかですか?」 「そう見えるかな?ただの客だよ、最近来るようになったばっかの…」 「じゃ、なんか特別なんですね」 「…そ、かな?」 「おかわり、ほしければ呼んでください」 「あぁ、うん、ありがとう」 とは答えたものの、店主のメモ書きをノートに挟んでしまい、おかわりは遠慮した。 僕が持つ店主のイメージとはだいぶかけ離れている彼女の説明に、僕は少なからず驚いていた。正直、信じがたいくらいで、ここ数日の彼との会話を思い出したり、どういうことなんだろうと考えてしまうと、執筆に身が入らなかった。 会計時。開口一番、「サラダ、おかわりしなくてすいません」と謝ると、店主は何言ってるんだとでも言うように苦笑した。(確かに、謝るようなことではないけれど。) すごく良心的ですねとか、お人好しですねとか、どうして気を使ってくれるんですかとか、猫が懐くからですかとか、それは僕だけですかとか、今日も笑顔が素敵ですねとか、もっと貴方を知ってみたいなんて、言いたいことが喉の奥で渋滞していたが、どれも出てこなかった。 「…ここのドレッシングが大好きです、美味しくて」 なんとか出てきた言葉にぽかんとした店主は、少しして、とても、とても嬉しそうに笑った。 それから、言わずにはいられない、そんな様子で。あたふたとメモを取り、サラサラとペンを走らせる彼が、たまらなく愛らしく見えた。 《自慢の祖母の味》とメモを突き出した彼は、『ちがった』と頭を捻(ひね)って《味》を消し、《レシピ》に書き換えたが、どっちだってよかった。 頬を赤らめて、屈託なく笑う彼は、キラキラしている。 「そうなんですね、おかげで毎日ハッピーです…おかわりがなくても」 彼は《遠慮しないで》と書いたが、ドレッシングを遠慮するなというのも変な話と思ったのだろうか、少し照れて目を伏せた。 やっぱり彼は、店員の彼女の言いようとはかけ離れていて、そして、思わず抱きしめたくなるほど、かわいらしい人だった。 「僕はすっかりここの虜です、仕事が捗(はかど)るし、サラダが食べられて…」 『よかった』 「それに…貴方の顔が見れるから」 精一杯、さり気なく伝えてみたのがまずかったのか。 ちょっとの間(あいだ)、不思議そうに僕を見つめていた彼は、《大してホールに出てないのに》と書いて苦笑した。そして、レジを打った後、ふいに何かを口にしたが、読み取れなかった。 「…なんて?」 『嬉しい』 そう、ゆっくり口を動かした彼は、照れたような、恥ずかしそうな目をそらした。 「…っ」 と、その時。 「ウィル、ちょっといいですかー?予約の電話が入ってるんだけど…」と店員の女性が向こうからやってきて、我に返った。 もし、邪魔が入らなかったら。僕は、店主の彼と僕を隔てるカウンターに身を乗り出して、彼にキスをしていたかもしれなかった。 「…じゃあ、また…ピースにも会いに来ます」 『はい』と楽しそうな笑顔を浮かべた店主の彼は、『また明日』と小さく手を振った。

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