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Ch.8
約束の日曜日は、朝から抜けるような青空の快晴だった。
昼前、彼が僕の宿に迎えに来た。彼の車はミニバンタイプのキャンピングカーで、かなりの年代物だった。
《若い頃、金がなかった時に知人が安く譲ってくれた》、《ボロだけど、まだ全然乗れる》と教えてくれた彼は、《ピクニックにぴったりでしょ》と笑った。とはいえ、普段はピクニックなんてしないし、車を使うのはもっぱら買い出しかピースを病院に連れて行く時くらいだそうで、貴重な機会が嬉しい。
さっそく礼のワインを渡すと、『最高、嬉しい!』と胸に抱いて喜んだ彼に、「飲むのは帰ってからね」と釘を刺したら、彼はわざとらしく顔をしかめた。
さらにドーナツを渡すと、『キューのだ』と満面の笑顔になった彼は、《2年前にできたお店、大好き》と当然のように知っていた。『これじゃ多すぎる』と苦笑しつつもウキウキしている様子を見れば、一人でペロリと食べてしまいそうだった。
そして、出発前。どちらが運転するかで、僕らはちょっとだけ揉めた。
《道を知ってて慣れてる僕が運転するのが当然》と主張する彼に、僕は「君が運転したらスマホで話ができない」と言った。
《あなたは普段ペーパードライバーでしょ?》
「そう」
《ならなおさら》
《スマホを見ながら運転したら危ない》
「チラ見だよ、君だってマップ見ながら運転してるでしょ」
ダッシュボードには、スマホホルダーが取り付けてある。
「それに、僕が運転するなら君は好きなだけ飲めるよ」
そう言ってみると、彼は『じゃあ』としぶしぶ承知してくれた。
思惑通りハンドルは握ったが、誘っておいてノープランだった僕は、行き先とルートは《バイベリーに行ってみよう》と言う彼に従った。
バイベリーはここから西へ車で50分、のんびり走っても1時間で着く。
彼は《英国で最も美しい村だよ》と教えてくれたが、《行ったことはないけど》と笑った。
助手席の彼は、さっそく『いいかな?』とスマホで音楽を流した。
最近のヒット曲に合わせて顎でリズムを取ったり、窓枠に置いた手の指でメロディを追いかける彼を、ずっと眺めていられないのが惜しい。
しばらくの間、道沿いはのどかな田園と牧草地が続いていた。放牧の羊や馬がのんびり草を食む田舎のありふれた眺めは、隣に彼がいるだけで、どこか心楽しい。
たまに彼を見ていると、僕に気づいた彼が『前見て』と笑った。
「ゆっくり走ってるから平気」
郊外は交通量が少なく、見通しはよかった。それに、急ぐ必要もない。
『そう』と窓の外に目を向けた彼が、眩しそうに目を細める。
やがて景色は青々としたコッツウォルズの丘陵へと移り変わり、林や湖沼が現れるようになると、彼はプレイリストを変えた。僕もよく知っている定番ヒット曲に合わせて体を揺らし、曲によっては歌い始めた彼は、とても楽しそうだった。
「よく歌うの?」
『前見て』
「厨房でも歌ってる?」
『うん』
「歌うのが好き?」
『好き』
「上手だし、とっても素敵な声だ」
『ははっ』と吹き出した彼は、この曲と言うようにスマホを指(さ)して、『難しい』と顔をしかめた。それから、曲を探してコールドプレイをかけると、僕の肩をタップして『歌って』と笑った。
「僕が!?」
うろ覚えの「Viva La Vida」をハミングを挟みながら歌ってみると、彼は『まずまず』と笑って、《7点》とメッセをくれた。
「10点満点中?」
『そう』
「なら悪くないね」
『これ好き』と「A Sky Full of Stars」をかけた彼は、気持ちよさそうに歌い始めた。そして、曲間に『あなたも歌って』とジェスチャーで言う彼に「君が歌うのを聞いているだけでいい」と答えると、彼は『そう』と幸せそうに歌に戻った。
それから、バイベリーに着くまで。僕らは、車体が揺れるほど跳ねたり、窓枠やダッシュボードやステアリングを叩いたりしながら、彼はワン・ダイレクションやテイラー・スウィフトやオアシスやクイーンやペット・ショップ・ボーイズを熱唱して、僕はたまに鼻歌やハミングで参加しながら、楽しく賑やかなドライブを満喫した。
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