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Ch.9
少し乾いた唇は、戸惑いながら僕に応えるうちに、しっとりと紅く濡れていった。
捕まえようとすれば後ずさって、やがて木を背にした彼は、躊躇(ためら)いがちに僕の背に手を回した。
彼のシャツのボタンに指をかけると、僕の舌を噛む吐息に焦りが滲んだ。
首に口づけを落としながら、少し甘く香ばしいような体臭と、微かな汗の匂いを知る。シャツを開いて露わにした肌は、白く、みずみずしい。
鎖骨に唇を滑らせると、硬い手が僕の頬を止(とど)めて、強張る指の一つ一つにキスをすれば、緩んだ手は心許なく胸に落ちた。
『…っ』
その手をそっとのけると、彼は唇をぐっと結んだ。
切なく見下ろす目を見つめながら。手のひらで確かめた胸の奥で、心臓が早鐘を打っている。
頬を寄せてみた左胸は柔く、素直な熱を帯びていて、ひそめた吐息と鼓動を聞くだけで、たまらない愛おしさがこみ上げた。
「っ…」
気後れするほどすべらかな胸を撫で回すと、息を飲んだ彼は、もう後ずされない地面を蹴った。
筋肉を覆う脂肪のなめらかな張りに、すぐにでも熱い体を埋(うず)めたい衝動を覚える。
淡桃の砂糖菓子みたいな乳首は、押し揉むうちに紅く染まり、硬く膨れた。指の間で淫靡に跳ねる弾力を確かめていれば、彼の顔もみるみる赤らんだ。
『っ…』
鼻で呻いた彼は、反射的に僕の手を掴んでも、振り払いはしない。
つんと勃った乳首を摘んでみると、強く目を閉じた苦しい目元に囚われる。
「…っ」
辱(いじ)めたいわけでも、焦らしたいのでもなく、ただ、戸惑いと困惑の中で、少しずつ僕を許していく彼を見ていたかった。
『…っ』
僕の腕の中で、震える肩を感じながら。忙しなく上下する胸の先端に舌を伸ばした時だった。
突然、バラバラという大きな音に振り返ると、激しい雨が降り始めた。
梢に叩きつける雨にすぐに濡れ鼠になった僕らは、慌ててピクニックの用意を抱えて車のキャビンに駆け込んだ。
滝のような雨で、窓の外は白くけぶっていた。
『しばらくやまなそう』と呟いたらしい彼は、タオルをくれた。
その手を取って引き寄せると、彼はわざとらしく目を伏せた。
はだけたままのシャツから、数十秒前のままの、淡く紅潮した肌が覗いている。
胸に抱き寄せた彼は、不安な顔を上げた。
『……っ』
「…」
『怖い、少し』
そう、はっきりと言って。強く僕を見つめた目には、切ない陰(かげ)が見え隠れしている。
「…君が、好きだ」
濡れた左の頬に触れると、そわそわした彼は、恋を知ったばかりのティーンみたいにはにかんだ。
「君が好きだよ」
『…っーーー』
「ウィル」
ついに。愛しい人の名前を呼んでしまえば、もう、自分を抑えることは難しかった。
『っ…!』
大きく見開いた瞳の複雑な青色が、とても綺麗だった。
酷くうろたえた彼は、慌ててスマホを取り出した。
そして、焦ってSMSを打とうとする手を遮った僕は、泣きそうな顔をした彼にキスをした。
雨に降られる前よりも深い口づけを交わしながら、ウィルの服を剥いでいった。濡れた髪や体は、彼の匂いにペトリコールが混じった、どこか懐かしいような香りがした。
僕の服を脱がしながら、やっぱり後ずさる彼の腰を抱いて、壁際の小さなテーブルに掛けさせた。その向かいにはベンチ代わりの小さな寝台があったが、『怖い』と言う彼に馬乗りになる気にはなれなかった。
指先で少しずつ、彼がもどかしく唇を噛むところを探りながら、彼が僕に手を伸ばしたり、喉で呻いたり、肩や腿を震わせたりするまで、そこを舌で愛でた。
肩や、胸や、腹を愛撫で知っていくうちに、緊張が解(と)けていった体はじょじょに汗ばんで、甘やかな息を吐(つ)き始めた彼は、雨に濡れて咲くガーデニアのように甘く匂い立った。
ゆっくりと。脱がした下着を滑り下ろすと、慌てた手が陰部を隠した。
「…恥ずかしがらないで」
『…』
切なく口を結んで見つめられるだけで股間は熱を増して、僕のそれに気づいた彼は、不安げな目をそらした。
「…セックスは、初めて?」
大きく首を横に振った彼は、『男とはない』と唇を震わせた。
「僕も、男とはない」
『…』
「こうしたいと思ったのは、君が初めて…」
少しだけ、緩んだ口元を伺うと、ウィルは僕に唇を預けた。
指を潜らせた陰毛は柔らかく、手に収めたペニスもふにゃふにゃしていたが、優しく揉めばみるみる硬くなった。
跪(ひざまず)いて見上げれば、欲情をそそる腹と胸の向こうで、真っ赤な顔が深く項垂(うなだ)れている。
腿に口づけながら開いた脚を肩に担いで、褐色にくすんだピンクの性器を目の前にすれば、不思議と愛らしい。
陰嚢を啄(ついば)む口で上へと辿り、竿を舐め上げると、彼はまた、強く目を閉じる。そのまま咥えた亀頭をゆっくり口に含み、もじもじと揺れる腰に合わせて舌を絡ませれば、顎を上げた顔は見えなくなったが、扇情的な吐息が耳についた。
『…っ』
初めてまともに知るスパイシーなオスの臭いや、生々しい男の味は、それがウィルのものならかえって昂奮して、冴えていく感覚が彼をもっと知りたがる。
尻の筋に指を滑らせると、慌てた彼が僕の髪を引っ掴んだ。
『それはいやだ』と息を吐いて、全身で拒否を表す彼に、否応なく劣情を掻き立てられてしまう。
抱き寄せた彼の髪や額やまぶたや鼻に繰り返しキスをして、彼のペニスに押し付けた自分のモノを一緒に握った。
「君も…」
囁く唇に舌で応えた彼は、僕らにぎこちない指をかけた。
その手に手を重ねて僕らをしごき、腰を振って、先走りが絡む粘膜が擦れ合う快感に喘いでいれば、彼は、たまらない顔を僕の肩に埋(うず)めた。
「一緒に…」
囁いた耳を食(は)んで、頬に頬を寄せて。伸ばした舌で、彼の昂りを感じながら。力を込めていく手の中で、彼の衝動を誘いながら。
「あ゛、アア゛ッ……!」
先に果てた僕の精液を彼に塗り込めて、追い立てて、すぐ。
脚を突っ張り、僕にすがりつくようにして果てた彼は、僕の口に爛れた吐息を漏らした。
『…ッッ…ッ………!』
「あ、あァ……っ」
手のひらに迸る精液は熱く、溢れてテーブルに垂れるほど多かった。
それから、彼の熱が冷めるまで。ペニスをそっと慰めながら、絞り出すように喘ぐだけの彼を抱いていた。
汚れを拭った後、足がはみ出そうな寝台に横になった。
僕の胸をくすぐるウィルのひそめた呼吸は、依然バタバタと車を打つ雨音で聞こえない。
この雨が、行為の間は聞こえていなかった。彼の名を呼んだらそれきり、雨の音も、いつも聞いていた彼の声も、少しも聞こえなかった。
その代わり、乱れていく吐息や、紅く染まった肌に浮き出す汗や、熱くなる粘膜や、僕にしがみつく指の強さや、僕の背を蹴ってしまう足といったリアルな彼だけを、体で感じていた。
雨が止むまで、こうしているつもりで抱き締めたウィルは、ぼんやりとした顔を僕の胸に埋めたまま、何も言わなかった。
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