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ドライブを再開したのは、雨が小降りになった19時頃だった。 ウィルはまた、音楽を流していたが、歌わなかったし、僕に何かを言ったりもしなかった。 雨雲を抜けて、薄い水色から紫に暮れていく外を眺める横顔はきれいだったが、どこか物憂げで、手持ち無沙汰な左手を彼の手に重ねるのはなんだか憚られた。 それでも、集落や町に近づいて、赤信号で停車するタイミングがあれば、僕らは腕を伸ばしてキスを繰り返した。 オックスフォードの外れに差し掛かると、ウィルがおもむろに《駅へ、見送る》とメッセをした。 「うん」と答えた僕は、『HILLOCK』へと続く田園の道にハンドルを切った。 『HILLOCK』まで行ったのは言うまでもなく、ただ、ウィルと離れがたかったからだ。 2階へピクニックの準備を運ぶのを手伝った後で、別れを告げるために、彼の前に立った。 時間は20時過ぎ、ロンドンへの最終列車にはまだ間に合った。 「…そろそろ、行くね」 《わざわざ手伝ってくれなくてもよかった》 スマホから寂しい顔を上げて、彼は、『ありがとう』と小さく言った。 「今日は、楽しかった」 『僕も』 「そう、よかった…」 《駅まで送る》 《酒飲んでないし》 「ありがとう…また、出かけよう」 軽く頷いた彼は、本当に小さく小さく『待ってる』と口を動かした。 …ように、見えた。 ウィルは、期待していない。 それが、わかってしまった僕は、胸が詰まった。 そして。 手を伸ばしたのは、僕が先か、ウィルか、同時だったかもしれない。 弾かれたように抱き合って、乱暴な口づけを交わした僕らは、燻り続けていた想いを確かめずにはいられなかった。 寝室に促すと、ウィルは『いやだ』と僕の唇を噛んだ。 耳を噛んで『ふろ』と訴える彼を抱いて、服を脱ぐ間も惜しんでシャワーの下に転がり込む。 口を噛み合って裸になるまでに、埃っぽい雨と汗と精液の臭いはシャワーに流れて消えていた。 「…洗ってあげる」 首を振って後ずさる体にソープを滑らせていると、肩やペニスを震わせる彼に下品な欲望をくすぐられた。 壁に追い詰めた彼は僕を睨み上げたが、陰毛で泡立てた手で胸をわし揉んでいるうちに切ない鼻息を漏らす。 ふわふわした先端を捏ねればすぐに硬く勃って、ホイップを乗せたラズベリーみたいになったそれが、エロティックでそそられる。一緒に食べられたらいいのにと馬鹿なことを考えながら、泡を舐め取って強く吸えば、鼻で甘く鳴く彼のいやらしい素顔を剥き出したくなる。 「…ねぇ、どうしてほしい?」 跪(ひざまず)いて、脚の付け根を陰嚢の脇から舐め上げると、困惑と苛立ちが滲む目に見下ろされる。 『…っ』 それでも、おずおずと。既に勃起したそれを掴んだ彼は、先端を僕の口元に差し出した。 「…自分で、して…」 今度は、躊躇なく。握った竿をしごき始めた彼は、腰を回してはぬるい息を吐(つ)く。 『…っ……っ』 「ここが好きでしょ…」 亀頭を舐(ねぶ)り、カリ首をくすぐって、尿道の割れ目をこじ開けながら。先走りを強く吸い出した唇を離すと、彼は僕を恨めしく睨んだ。 「その前に、お尻、見せて…」 『…っ』 素直に背を向けた彼は、壁に切ない横顔を押し付けた。 濡れて妖しく光る背から垂れた泡が、つやつやとした尻の谷間に落ちていく。それだけでも、僕を滾らせることを彼に教えたい。 「ちゃんと、見えるように…」 強張る尻を揉みしだいて促せば、中腰になって僕に尻を突き出した彼は、屈辱的な赤ら顔の唇を噛んだ。 『…っ』 淡い褐色のアヌスは綺麗で、きつそうに見える。顔を埋めてみると、汗混じりの鼻につくスパイシーな臭いに股間が熱くなった。 「…ここ、洗ってないからイヤだったの…?」 『…っ』 彼は強く目を閉じただけだが、頬を寄せた尻のむっちりとした肉に、はっきり緊張が走った。 「…じゃあ、きれいにしてあげる」 泡を掬(すく)った指を擦り付けたそこは、固くすぼんだ。そのまま、円を描くように揉み込んでいれば、彼は上ずる吐息を漏らし始めた。 『ッ……っ…!』 あっさり火照りを帯びる尻や、淫靡にわななく腿の奥で、萎(しぼ)んだペニスが下を向いたが、先端からは先走りが糸を引いていた。 アヌスにシャワーを強く当ててみると、肩で口を抑えて息を殺し、揺れる腰のペニスを振り乱す彼が、たまらなく愛おしい。 這わせた舌先で彼の中心をノックすれば、ついに緩んでひくひくと蠢いたそこは、熟れたプラムのように色づき始める。 『…っ』 快感に耐えかねたのか、床に膝をついた彼は、なんとか壁にへばりついている。しなる背の向こうで歪む顔は、無防備に開(あ)いた唇と白い歯が一層きれいだった。 「…きれいに、なったよ…」 唾液を込めたアヌスに中指の腹をあてがうと、彼は苦しく振り返った。 『…っ!』 「…っ」 怯えた目を見つめて、息を飲んで。そこに指を押し挿れれば、僕のモノは先走りを垂らした。 『ッ…っ…ッ!!!』 「ああ…」 逃げたがる腰を抱えて、熱い奥へと指を潜らせるだけで、今にも果ててしまいそうだった。 『ッ……ッ!』 彼が喉で呻くたびに吸い込まれる感触に、僕のモノも熱(いき)り勃つ。 「あぁ、ウィル…すごい…っ…」 指に絡む肉を弄(まさぐ)って、男根の裏の僅かに硬いところを擦(こす)ってみれば、指が強く締め付けられる。 『…ッ!…っ…』 艶めかしく前後する腰を抱えて、なんとか掴まえた彼のペニスは、しごく前にみるみる膨れて勃起した。 「ああ、ウィル…っ」 のけぞる彼の尻に食いついて、昂りを前後から誘いながら。 『…ッ…ッ…ッーーー』「ああ、ああ、ッーーー」 ほとんど同時に達した僕らは、それぞれが垂らした精液の上に崩れ落ちた。 彼の中から抜いた指は、酸っぱくて少し香ばしい、いやらしい匂いがした。 仰向けにさせたウィルは、惚けた目に薄っすら涙を浮かべて、淫らに喘いでいる。 「…ウィルが、欲しい…」 果てたばかりなのに、まだ足りないと跳ねるペニスを、彼の腿に擦(なす)った。 『…や、だ…』 そう言って、僕に手を伸ばすウィルを抱いて、切れ切れの息を口づけで奪い合っていると、彼は指で僕の背に《ベッド》と書いた。 オレンジのサイドランプに淡く照らされたその夜は、夢みたいだった。 白いシーツの真ん中で、僕の愛撫に溺れていくウィルは、とても、とてもきれいだった。 せっかくシャワーを浴びた体をくまなく舌で汚していって、彼が呻くところの全部に赤い跡を残し終えた時、ウィルは、焦れた腰のペニスを弄(いじ)くって僕を待っていた。 とっくに緩んで僕を許していた目には、ほんの少しだけ、怯えた陰(かげ)りがあった。 慎重に、ウィルとひとつになった後。髪を撫でて、体を抱いて、甘苦しく歪む顔に繰り返しキスをして、僕と溶け合っていく人を見ていた。 強張る粘膜が蕩(とろ)けて、熱く柔らかな体が僕を受け入れると、彼は、僕が離れることを嫌がった。 だから僕は、少しだけ下品に揺らす腰で彼の熱を確かめながら、ゆっくりと快感に飲まれていく目を見ていた。 震えるまつ毛が強く閉じて、綺麗な瞳が揺れて、濡れていく目にキスをすれば、僕を探す焦点の危うい目が、とろりと笑った。 体の境目がわからなくなるほど混じり合った後、僕らは、我を忘れて快楽を貪り合った。 頭を抱いて、顔中に口付けて。その耳に名前を呼ぶたびに、僕を優しく包む体が僕を締め上げていた。 腰を浮かせて、僕を深く迎えながら。何度も何度も昇りつめながら、彼は、必死にしがみつく僕の背に爪を立てた。 そして、エクスタシーの間際。切れ切れの息を止めて、ウィルは、掠(かす)れた吐息で僕の名を呼んだ。 どれくらい、繰り返していたのか。 寝室の静寂を、獣のように腰を打つ僕のふしだらな声と、ウィルの啜り泣くような呻きと、腰がぶつかる乾いた音と、粘膜が深くで吸いつく濡れた音と、ベッドが軋む音が乱し続けていた。 『もう』と喘ぐウィルを塞いだ唇で、「愛してる」と囁いた。 『っ…ッーーー』 激しく悶えたウィルは、僕の口に形になりきらない僕の名を残して絶頂した。 その目尻から、一筋。こめかみに伝う涙を追って、啜りながら、僕も昇天した。 汗に塗(まみ)れて、汚れた体を拭いもせずに。体を繋げたままウィルを抱いて、静かな恍惚に体を浸していた。 腕の中で、僕と同じ恍惚に体を委ねている彼を眺めているだけで、幸せだった。 時々、とろんと惚けた目が僕を探して、返事の代わりに鼻先にキスをすると、彼はふわふわ微笑(わら)った。 体の熱が引いた頃。ウィルが、僕の胸にそっと触れた。そして、何かを書こうとした指を止めて、小さく唇を開けた。 「…わかってる」 頬を撫でて、重ねた唇で彼の言葉を聞いた。 『…っ』 口元を離すと、彼は僕の首元に押し付けた唇で、それを繰り返した。 「…僕も、愛してる」 『……』 僕に疲れた体を預けきったウィルは、しっとりと濡れた目を静かに閉じた。 ゆっくりと、静かに眠りに落ちていく彼の吐息を聞きながら、彼の体が冷えてしまわないように抱き直した僕も、目を閉じた。

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