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Ch.10

腕をくすぐる温かくふさふさした感触に起こされて、目が覚めた。 体を起こすと、ピースが僕の腕を枕にのびのび寝ていた。 「…ピース、いつからここにいたの?」 時計を見ると9時を過ぎたところで、側にウィルの姿はなかった。 一緒に起こしてくれたら朝から愛し合えたのにと思いながらシーツを探ると、まだ少し、温もりが残っていた。 いつかの朝のように、サイドテーブルには《朝食は店に来て》と書かれたメモが置いてあった。 遅くても、昼にはロンドンには着いてないとまずい。 慌ててベッドを出ると、ちょうど、シャワーを済ませたウィルが浴室から出てきたところだった。 『おはよう』 朗らかに笑った彼は、濡れた頭にタオルを被って僕から目をそらした。 薄い水色のパイル地のバスローブ姿は新鮮で、つい、ドキッとする。 「おはよう」 キッチンのアイランドカウンターに立った彼を後ろから抱いて、首筋に口付けた。清潔なソープの奥から彼の匂いを嗅ぎ分けると、昨夜の甘い記憶が脳裏によぎって、体が熱くなる。 『もう行く?』 こちらに顔を向けた彼は、ゆっくり、はっきりと口を動かした。 手近に筆記具がなく、スマホも手元になかった。 「まだ、少しだけ、時間ある…」 『シャワー浴びて、朝飯作る』 「…起こしてくれていいのに、一緒にシャワー浴びたかった」 頭に被ったタオルを取って耳を啄(ついば)むと、彼は音のないため息をついた。 『…シャワー、行って』 こちらを向いた彼は、僕の首を抱いて、優しいキスをくれる。 その体を強く抱き締めると、僕らの足の間にピースが潜り込んだ。 『ピースにご飯あげる』 僕の体を離した彼のそっけなさが気にかかったが、のんびりしてる場合でもなく、浴室に向かった。 ウィルが用意してくれたのは、前に泊まった時に店で出してもらった内容に、シリアルヨーグルトと山盛りのフルーツも並ぶ十分すぎるブレックファーストだった。昨日のピクニックのランチの後からまともに食べておらず、腹ぺこだったからありがたい。それとも、彼と住むなら毎日がこんなに特別なんだろうかと、ふと想像して、甘酸っぱい気持ちになる。 「…毎朝、こんな感じ?」 『そう』 さらりと笑った彼は、《コーヒー、ラテ、お茶、ミルク、オレンジジュース、どれ?》と聞いた。 「ラテ、かな…」 『待ってて』とカウンターの向こうに行く彼を目で追うと、昨夜に増して離れがたい想いに突き動かされて、腰を上げていた。 「…ワインは?」 もう一度。背後から抱いた彼を、そう簡単に離す気はなかった。 『まだ朝』 クスリとした彼のローブの胸の中に手を滑らせると、『ちょっと?』と肘で小突かれた。 「…ここ、好きでしょ」 やっと、少しだけ振り向いた唇を伺いながら。手のひらでひしゃげてみるみる尖る胸の先を摘(つま)むと、彼は苦々しく僕を睨んだ。 『…だめーーー』 「離れたくない」 その手からコーヒーのサーバーを取り上げると、どういうわけか、彼はくしゃりと顔を歪めた。 悲しいような、苦しいような。くすんだ瞳の真意は、まるで読めない。 「どうしてーーー」 僕の言葉を遮るように食い付いたウィルは、深い口付けを欲しがった。 「…っ」 捩じ込まれた舌を吸い返しながら。彼をカウンターに押しつけた僕は、彼欲しさと漠然とした不安に駆られて、ガウンの肩を剥いだ。 「…ウィル…」 耳に囁いて、口付けを下ろした肩に歯を立てて。胸を揉む指に翻弄された乳首が、僕を見上げている。 顎を引いて『だめ』と呟く横顔は、切なく憂う唇と、高揚と期待に揺らぐ目元が矛盾していた。 「…僕が、やなの…?」 『ちがっ…!』 振り上げた手が、イライラと僕の髪を掴んで否定する。 根っこからしごく乳首は熱を帯びて、赤々と熟れた先端を練(ね)ると、彼は肩越しの僕に頬を擦(なす)った。 『…っーーー』 「悲しいの…?」 噛んだ耳に囁いて、『ちがう』と言う頬を舐め下ろす舌に、彼は舌を伸ばす。 卑猥に上下する胸の下でくねる腰が、僕の前を擦(こす)る。 「…なにが、つらいの…?」 『…ッ……ッ』 僕に吸い付く舌は、淫らなだけで答えない。 彼を捏ねる指に力を込めながら。ローブの尻に突いた腰を揺する僕は、いやらしい彼を剥き出しにする快感に取り憑かれている。 「…早く、帰ってほしい?」 『いやだ』と僕を噛んだ彼の、潤んだ目に吸い込まれるようにキスを重ねながら。 ローブをたくし上げて探る腿は熱く、じっとりと汗ばんで、手に収めたペニスは既に硬く、ローブを押し上げている。 「…どうしたい?」 『…ッ』 太い息を吐(つ)いて腰を振り始めた彼は、ローブ越しに掴んだ自分を慰める。 ローブをまくって剥き出した尻は桃色に染まり、淫靡に打ち震える肉が僕を誘う。 「…どうして、ほしい?」 荒っぽく尻を掴めば、知ったばかりの狭く、熱く、蕩(とろ)けた体の奥を思い出す。 左右に広げた尻に腰を擦(なす)ると、僕を振り払った彼は、跪(ひざまず)いて僕の股間に手を伸ばした。 『…っ』 ローブがだらしなくはだけた姿で。なりふり構わず僕の前を開けた彼は、屹立した僕を手に包んだ。挑発的に僕を見据えながら、見せつけるように。ゆっくり咥えた僕に舌を絡ませる彼に、苛立ちにも似た劣情を覚える。 「…あぁ」 彼の髪を掴んで、僕をしごく口に腰を挿れて。拙いフェラをくれる彼と見つめ合えば、快感よりも愛おしさが募る。苦しそうに、ぎこちなく、それでも懸命に僕を悦ばせようとする彼と離れずにいられたら、どんなにいいだろう。 「もう…」 『っ…』 ペニスを抜いて、無理やり抱き上げた彼をカウンターに押し倒すと、扇情的に体をよじった彼は、汚れた唇を舐めて僕を求めた。 生々しい熱が匂い立つ体には、かろうじて、ローブの袖と腰のベルトだけが残っている。明かりの下(もと)、眩いほど白い肌のあちこちに、昨夜僕が残した赤い愛撫が目についた。 どれだけ跡を残したら、どれか一つでも消えずにいたら、僕とのことを忘れずにいてくれるだろう…。 そんなことを考えながら。彼のペニスの裏筋を根元から亀頭へ、そして腹、胸、首へと舐め上げて辿り着いた唇は、焦れったく僕を噛んだ。 『…ファックして』 僕の頬を引き寄せて、濡れた目を突きつけて。そう言った吐息は、わなないている。 「…僕が、欲しいって、言って…」 わざと体を離すと、悔しそうに僕を睨(ね)めた彼は、持ち上げた脚の腿を抱えて、陰部を僕に晒した。 『ファック、して…』 喉を震わせて、彼は、はっきりと言った。 『…ノーマンっ!』 喘ぐような、吐き出すような、すがりつくような僕の名前を聞けば、背筋にぞくぞくとした昂奮が走った。 「ウィル…」 赤らんだアヌスは、昨夜が嘘みたいにつぼんでいるが、しゃぶりつけばふしだらに蠢いて、唾液を注いで指で穿(ほじ)れば、彼は腰をがくがく振ってよがった。 『…ッ……ッ!』 虚ろな目で笑いながら、口を開けたアヌスを突き出す彼を、めちゃくちゃにしたくなる。純愛という言葉は綺麗だが、本当に真っすぐでピュアな想いを研ぎ澄ませば、こんな凶暴な衝動を覚えてしまうものだろう。 「あぁ、ウィルっ…」 顎を上げて喘ぐ彼を覗いて、そこに爆ぜそうなモノをあてがった。 「ウィルっ…」 『ッ…ッッ…!!』 言葉にも呻きにもなりきらない、悲鳴のような僕の名を聞きながら、体重をかけた腰を彼に落とした。 解(ほど)けない体を繋げたまま、縺れ合って、転げ回って辿り着いたリビングのソファで、力尽きた。 僕の下でうっとりと喘ぐウィルを、いつまでも見ていたかった。 真新しい涙の筋を指で拭うと、ゆっくり瞬きをした目頭にまた、涙の粒を零(こぼ)した彼は、『もう、行って』と僕の胸を押した。 時間は、あと15分で11時になろうとしていた。 「……うん」 体を離せずにいると、彼が『店、開けなきゃ』と呟いた。 「…連絡、する」 髪を撫でて、汗の浮いた額に、重たく喘ぐ鼻先に、甘く掠(かす)れた息を吐(つ)く唇に口付けると、彼は、小刻みに頷いた。 「…やっぱり、行けない」 ふわふわと僕を追う目を細めたウィルは、とても、きれいだった。 まぶたに口付けて、まつ毛に溜まった涙の粒を啜(すす)った時、来客を告げる呼び鈴が鳴った。 「…お客さんかなーーー」 『…きっと、バイトさん』 「…そか…」 強く抱き締めると、彼も、僕に強く腕を回した。 『………』 何も言わず、僕の背に指で何かを書くこともなく、彼はただ、強く指を食い込ませた。 昨夜から何度か引っ掻かれた痕に指がかかって、びりびり傷んだ。 「…じゃあ、行くよ」 体を離し、キッチンで脱ぎ散らかした服を着て、彼のローブを拾った。 ソファにぐったりと手足を投げ出したままの彼の姿を、忘れたくなかった。 彼の腰にローブを被せて、肩に口づけて、もう一度、紅い高揚が残る唇にキスをした。 「…君は、とてもきれいだ」 『…』 「初めて会った時から、ずっと…」 『…』 「思ってたーーー」 クスリと笑って、彼は、僕の頬に触れた。 『早く、行って』 力のない手を取って、名残惜しい想いを込めて口付けた。 くすぐったそうに微笑(わら)った彼は、その手を伸ばして僕の乱れた髪を直した。 「ありがとう」 最後のつもりでもう一度、交わした口付けは、これまでのどのキスよりも柔らかく、温かかった。 『…』 重ねた唇が湿度を帯びてしまう前に、彼は、体を離した。 薄く開(あ)いた唇に触れて、僕は、腰を上げた。 荷物を抱えて振り返ると、彼はまだ、ローブを被ってソファに埋もれていた。 「…じゃあ、また」 小さく手を振ったウィルに背中を向けた時、また、呼び鈴が慌ただしく鳴った。 階段を店へと降りる僕の後を、どこからか現れたピースが「みゃ」とついてきた。

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