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返り血を浴びたままのネロが「デスクが汚れる」とため息をついたのは、既にその書斎机は彼のモノだったからだろう。シーザーの“玉座”だった革張りのチェアに掛けたネロの背後から頭を銃で狙い、肩越しに覗いていると、シーザーのPCを立ち上げた彼は、勝手知ったようにログインをして迷いなくキーを操作し始めた。 コンピューターは専門外だが、その手元とディスプレイを見るに、ネロはこういった類のことに長けているのは一目瞭然だった。 「今時PCに生体認証かけないなんてどこのバカだよって感じ、っていうかスペック低すぎ、早く買い換えよ…」 パタパタとキーを叩きながら、ネロは独りごちた。 「どうして知ってる?」 「側にいたから丸見えだった、バイパスとか他にもハックの仕方はあるけどザルで助かった…ログインできればこっちのもん…」 「これがお前の専門?」 「まさか、かじった程度…いずれはハッカーのトモダチを雇うよ、セキュリティの強化もそうだけど、ビジネスもネットを活用してかなきゃ…」 「…」 「銀行のサイトだってそう、専用キーだけなんてどうかしてる」 引き出しから取り出したUSBをPCに挿して、ネロは笑った。 「知ってる?シーザーの暗証コード、自宅のポストコード(郵便番号)の後にボクの生年月日なんだ、ほんとウケる、ボクのなんて嘘っぱちなんだけどさ……今変えちゃお」 「…」 「…ああ、これはメインバンクなんだけど、他には海外に隠し口座が3つある、それは明日いただくつもり」 「…」 「ジーサンだけじゃなくて、組織のあらゆるコトが嫌んなるほどアナログだし脆弱すぎるわけ…」 “ジーサン”がシーザーのことだと気付くのに、0.5秒かかった。 シーザーは確かに60代の初老だが、その爺さんによくぞ毎晩毎晩媚び散らかしていたものだと思う。目的の為なら手段は厭わないこのガキのような奴は、最も敵に回したくない種類の人間だ。 「時代についてけないと、文字通り生き残れないってことを教えてやったの」 「…」 「……ねぇ、“ブラック・ウルフ”ってダサくない…?」 「どうでもいい」 「“ウルヴス”とかのがいい、シンプル・イズ・ベストーーー」 「早くしろ」 「ちょっとくらい待ってよ、アンタほんとせっかちだな…」 「………」 「…ほら、見て」 ディスプレイを覗くと、俺への送金の確認画面が見えた。 「これでいい?」 「ああ」 「あい」 ネロがエンターキーを押してしばらくすると、胸の内ポケットでスマホが振動した。 取り出して入金通知を開き、内容をもう一度確かめた俺は、銃を下げたがしまいはしなかった。 「確認した」 「これで正式に、ボクはアンタの雇い主だ」 椅子を立って振り返ったネロは、薄暗がりの中で白い歯を見せて笑い、俺の首にするりと腕を回した。 血で汚れた体で俺に絡みつくその目は、あの、蕩けるような光を帯びている。 「じゃ、ファックしよ?」 「やめろ、服が汚れる」 「服の心配!?」 「ファックは契約にないーーー」 「ボクとならある」 雇い主の右手が俺の胸から腹へ滑り降りて、股間の前を撫で回した。 「男の趣味はないし、血塗れのお前に触りたくもない」 「人を殺るくせにマトモでケッペキか、つまんな」 もう片方の手が、右の肩から腕へ撫で下りて、俺の銃を持つ手の甲を擦(さす)った。 「お前はイカれてる」 「アンタは金のためならなんでもする、でしょ」 「だとしても、お前はファック中に人を殺した、信用できない」 「何、びびってんの?」 股間を弄(まさぐ)っていた手が、俺のモノとタマをそっと握り込んだ。 「お前は勘違いしてる、俺は顧客より自衛を優先する」 「高い金を出してボクの盾になってもらうアンタを殺る理由がない」 「……1回1000だ」(※ポンド) 「やっす、ウケる…込みじゃなくて都度ベースなんだ、なんで?」 「男もファックも専門外だ」 「何それ」 くつくつと笑ったネロは、熱っぽい目で俺を見つめた。 「ますます気に入ったよ、アーサー」 「俺は気に入らないーーー」 「さっそく、仕事だ」 「俺がお前を殺らないとも限らないーーー」 「アンタは太い顧客を殺るほどイカれてないし、何より顧客の忠犬だ」 「………」 「ヤんの、いつぶり?」 ギラつく目に、淫靡な笑いを深めた唇に。剥き出された誘惑の濃度に、首を締め上げられるような錯覚を覚える。 「アンタと組んだ記念に、たっぷりサービスしてやる」 そう言うと、俺を買った男は熟(こな)れた手でベルトを解き、スラックスの前を開いた。そして、ショーでもするように俺を見据えながら床に跪(ひざまず)くと、萎えた俺のペニスに舌を伸ばした。

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