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そして、指定の11時。 応接間に入ると、既に集まっていた5人の部下達は、ネロと俺を見てあっけにとられた。 金をかけたスーツに身を包み、普段はラフなウェーブヘアを紳士然とオールバックにセットしたネロは、やり手の金融マンか政治家にしか見えず、俺を伴って悠々と歩く姿は大物の風格と貫禄すら滲ませていた。 昨夜からこのガキのヤバさは目の当たりにしていたが、とんだ役者ぶりを改めて見せつけられた俺は、こいつが調子に乗らなきゃいいと願いながら、神経を研ぎ澄ませた。 そして、ネロが真奥の椅子、つまりシーザーの定位置に掛け、背もたれにゆったりと背を預けると、幹部達の驚きが瞬時に殺気に変わった。 「おいネロ、どういうこった?」 立ち上がったリッジに構わず、ネロは幹部達を見渡して口を開いた。 「みんな、集まってくれてありがとうーーー」 「なんでお前がそこにいる、ふざけてんのか!?」 ネロの左に立って控える俺からも、リッジが食ってかかり、苛立ちを露わにする他の幹部達がよく見えている。シーザーと常駐の部下の姿がなく、シーザーの盾と武器である俺がネロについている事実が意味することを理解し始めた彼らは、困惑していた。 懐のホルスターから銃を抜き、あえて体の前で手を組むと、怯んだ幹部達が黙った。 「…今日は、みんなに大事な報せがあるんだ」 「おいネロ、シーザーはどこだ!?」 「寝てるよ、これを見てほしい」 ネロは持参したPCを開いてケーブルを繋ぐと、俺たちの背後に置かれたデカいTVの画面に喉を裂かれたシーザーの写真を映し出した。 幹部達が息を飲んで部屋が静まり返ると、ネロが続けた。 「…この通りだ」 「だ、誰が殺った!?」 トラヴィスが叫ぶと、そんな馬鹿なと言いたげな驚愕と怒り、誑(たら)し込まれたのかという侮蔑、そして憎悪と恐怖の入り交じる目が俺に集中して、ネロが俺を示したことがわかった。 いちいち見ないが、恐らくネロは、天使のような笑みを浮かべているだろう。 「それで、みんなに知ってほしいんだけど、今日から“ブラック・ウルフ”のヘッドはボクだーーー」 「ざけんなこのメスガキ!そんなもんーーー」 テーブルに拳を叩きつけて身を乗り出したリッジに、俺は銃を向けた。引き金を引いた視界の右端で、ネロが中指を立てるのが見えた。 リッジが前のめりに倒れ込んで再び部屋が静まり返ると、ネロと俺を見る残された4人の目には、憎悪と恐怖しかなかった。 「…残念だよ、いざという時、冷静でいられるといいね…今日の教訓は『人の話は聞く』だ」 笑顔でため息をついたネロは、テーブルに置いた両手を組んで続けた。 「もちろん、無条件でボクをボスに承認しろなんて言わない」 「…」 「ボクは“ブラック・ウルフ”をもっと拡大したい、ビジネスの種類だけじゃなくて規模も、ロンドンだけじゃなくてもっともっとだ、そのためにはみんなの協力が必要だ、みんなはただの駒じゃない、“ブラック・ウルフ”の大切なファミリーだ、ボクについてきてくれるなら、上納分を減らして君達の取り分を3割増ししていい、つまり、一時的にボクに集まる金額は減るけど、この先組織が拡大するほど今より右肩上がりに増えていくならそれで構わない」 ネロを苦々しく睨(ね)めていた連中は、私腹を肥やせると知った途端、目の色を変えた。ギャングも所詮、義理だの筋だのと言いながら、金で片がつく連中ばかりだ。 ネロは、ゆっくりタバコを一服して続けた。 「増える取り分の使い道は任せるけど、できるだけ組織を大きくするために投資してほしい、つまり、今なら末端の子達の取り分を増やしてやったりね…頑張るほどハッピーになるってわかれば、末端の子達だって君達みたいにやる気になる…組織のみんなが隅々までハッピーになれば、“ブラック・ウルフ”をイングランド全域に拡大するのも夢じゃない…その頃には、君達は今よりたくさんビジネスを仕切ってて、遥かに金を持ってるよ…ボクのアイデア、どうかな?」 4人の幹部は、口々に「それでいい」、「構わない」とあっさり了承した。 ネロの話は俺からすれば非現実的だが、妙に人を納得させる説得力があった。人心を掴むことに長けた政治家のように、身振り手振りを交えて熱心に語る男に丸め込まれ、すっかり大人しくなった幹部どもの頭の中は、もはや金勘定しかないだろう。 「その代わり…ボクを出し抜いて金をちょろまかしたり、クーデターを起こそうとするなら…わかるね?」 ニッコリしてタバコの煙を吹いたネロに、幹部達が固い顔で頷いた。 このほんの十数分のうちに、ネロは、組織の新たなドンとして認められていた。 「じゃあ君達には、さっそく今日からそのつもりで働いてほしい、リッジが死んだから代わりの者を立てたい、君達が信頼できる者を推してくれ、明日までに」 幹部達は「ああ」「ショーディッチのミレーがいい」「そうだな」などと囁き合った。 「…ところで、“ブラック・ウルフ”ってダサいからさ、“ウルヴス”にしていいかな?」 ここまでの低い声から一転、かわいらしく提案したネロに、誰一人反対する者はいなかった。 「それじゃ決まりだ、みんな、これからよろしく」 ネロが優雅に頷いて、御前会議は解散した。 * 幹部達が解散すると、さっそくネロは書斎で仕事に取りかかった。 その場でスーツを脱ぎ捨てて、レオパード柄のブーメランパンツ一丁で「これから忙しくなるよ」とウキウキPCを開いたネロは、まるでゲームに興じるガキみたいに真剣だった。(「服を着ろ」と言ってみたが、集中しているのか完全に無視された。) シーザーの金を自分の口座に移し替え、全ての資産の名義を全て自分にする手続きを取り、どこかに出向く必要があれば3週間以内にアポを取り付け、引っ越しの下見の予定を立て、新しいビジネスの準備だとどこかに電話をかけては何かを確認したり、アポを取り付けてはまたPCで熱心に何かをしていたネロは、休憩も取らず、結局夜までデスクにかじりついていた。 その間、俺は、マンション内の7つの遺体を始末し、部屋を片付ける男達(幹部連中に派遣させた)の仕事を監視し、ようやく暇ができた夕方、ネロの書斎のソファで寝た。

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