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そして、5年が経ったある夜のこと。 ある映画のプレミアに招かれたネロは、俺ともう3人のガードを伴って劇場街のシネマに出席した。 そして、映画の上映中、トイレに立ったネロに先立ってレストルームに行き、用を足して出ようとした時だ。レストルームに入ってきた男がネロに銃を向けたのが見え、咄嗟にネロの前に踏み込んだ俺は、そこで意識が途切れた。 * * 気がつくと、見知らぬ薄暗い部屋で寝ていた。視界には白い壁と天井、ブラインドの下りた窓、腕に刺したチューブが繋がる機械、入り口が見えないように仕切られたカーテンがあり、恐らくはネロのかかりつけの病院の病室だろうと察しがつく。それ以外の細部を確認できないのは、全身が酷く怠く、体がろくに動かなかったからだ。 「…起きた?」 左でネロの密やかな声がしたが、首が回らず顔を向けられない。首は何かかさばる物で覆って固定されていて、手を動かすのも怠くて確かめる気にならなかった。 「…何があった?」 喋ってみると首は恐ろしく重く、声はまともに出なかった。 「アンタはボクを庇って撃たれた」 「どこ?」 「首、死んだと思った」 なるほど、腕のチューブはモルヒネだろう。己の状態を理解した後で、よく生きていたもんだとぼんやり思う。 普段、ネロがトイレに立つような時は俺一人しかつかないが、今後はそういうわけにもいかない。ネロは、それだけ重要で危険な存在になっていることを、今夜、身を持って思い知らされたのだ。 「俺は悪運が強い」 「最高」 「…お前は無事か?」 「アンタのお陰様で」 ネロはクスクス笑うと、ベッドに腕をついて俺を覗いた。白いシャツの胸から腹にかけて、真新しい血でべっとり汚れている。ジャケットは脱いでいるが、それも汚れただろう。 苛立つほど場違いにニコニコしているネロは実に“彼らしい”が、その穏やかな顔を見れば、事態は既に解決したことがわかった。 「それであの後は?」 「殺った」 「お前が?」 「他に誰が?」 得意げに笑ってみせたネロは、タバコを取り出した。 驚きはしないが、忠犬の俺は、最悪の事態を免れてよかったと思う。 「もう俺一人じゃお前を護りきれない」 「アンタはちゃんと働いた、一人で十分、実際ボクは無傷だ」 「…あれは誰だ?」 「もちろん、今揉めてるマンチェスターの“ブルー・ガイズ”の手のヤツだろうね」 「で?」 「もう“兵”を送った」 「どれくらい?」 「ごひゃく」 ネロは、涼しい顔で煙を吐いた。 「やりすぎだーーー」 「ボクの報復は怖いってわからせてやんないと」 「それでもやりすぎだ」 「イングランドの制覇も目前、一度ここでガツンと牽制できるいいチャンス…ボクを怒らせたら怖いって、知ってるでしょ」 「お前は滅多に怒らない」 「そうだっけ?」 「禁煙だ」 フフンと鼻から煙を吹いたネロは、咥えていたタバコを俺の口元に差し出した。 大して吸えなかったが、一口飲んで吐いたニコチンは美味かった。 「…今、何時だ?」 「朝が近い」 「帰れ」 「やだ」とタバコを咥え直し、何やらスマホをいじり始めたネロは、どれだけ成り上がろうと、完璧な紳士を装っていようとも、今も変わらずクソガキのままだった。 「ここは危険だ」 「廊下には警備を10人、病院の外も囲ませてる」 「俺は動けないーーー」 「それでも、アーサーの側が一番安全」 「ここはホテルじゃないーーー」 「そこにベッド用意してもらった、仕事もPCがあればできる、ここに住む」 「バカ言え、迷惑だ」 「ここにどれだけ寄付してるか知ってるでしょ?」 「…怠い、もう寝る」 「そう」と、ネロはビール缶に吸い殻を捨てた。そして、体を乗り出して俺を覗き、無邪気に「早く治って」と笑って、軽くキスをした。 「…」 唇を僅かに離したネロは、しばらく目を閉じたまま、高い鼻先を俺の鼻に押し付けていた。そして、静かに目を開くと、俺を見つめて幸せそうに笑った。 「…」 そして俺は、いつものように、嫌になるほど体に染み付いた仕事をする。 唇に噛み付いて、乱暴に絡めた舌を爛れるほど吸った俺達は、黙って体を離した。

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