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傍らにトランクケースを携えて二階ロビーのソファに腰掛ける朔実は、ほとんど放心状態のような有様でぼけっと天を仰いでいた。
さっき見たアレは、一体何だったのだろう。そしてまた、自分は今どうして部屋を追い出されて、こんなところで時間を潰しているのだろう。
十分後に出直して、と。彼は確かにそう言っていた。
十分。一体、何の十分だ。その十分間、彼は部屋で何をして過ごすというのだろう。
――プロレスごっこ……的な?
裸だったけれど。それをいうなら、朔実も昔はよくパンツ一丁で川遊びなんてしたものだ。捕まえた魚を持って帰って、祖母に調理して食べさせてもらうまでがセットでいい思い出だった。
――おばあちゃんとおじいちゃん、元気にしてるかなぁ……。
せっかくの春休み、できれば顔くらい見せにいきたかったのだけれど、引っ越しが重なってそれも叶いそうになかった。次に会いにいけるタイミングがあるとすれば、お盆ぐらいだろうか。
――ていうか、今はそれどころじゃなくて……。
慌てて部屋を飛び出してから、一体どれくらい経っただろう。ここに来た時点で時計を見ていなかったので、正確な時間がわからない。体感でいうと、七、八分くらいな気はするのだが……
考えていると、廊下の方から見覚えのある精悍な男が姿を現した。凛々しく整った眉と射るような眼差しが特徴的な彼は、さっき部屋で見た腰を振っていたほうの男である。
「あ、あの……」
立ち上がって、朔実は男へと声をかける。
「おう」と相槌を打って歩み寄ってくる男は、いざ向き合って立ってみるとかなりしっかりした体格で、平均身長そこそこはある朔実でも自然と見上げる形になった。
プロレスごっこをしていたのなら、下になっていたほうの子は大丈夫だったのかなと少し心配になる。
「さっきはどうも。もう終わったから、あんたも部屋に戻っていいぜ」
「あ、はい……それでは、お言葉に甘えて……」
そうさせてもらいます、と朔実は頷いた。とはいえ、このまま立ち去るのも何かと自己紹介を済ませておくことにする。
「あの、僕、今日からこの寮でお世話になる水鳥川朔実と申します。寮生活に関してはまだわからないことばかりで……さっきは突然お邪魔してすみませんでした」
ぺこりと頭を下げて謝罪すると、男は意外そうに眉を上げた。首を傾げた朔実に、何やらふっと鼻を鳴らす。
「へえ……これまたやけに正反対なのがルームメイトに選ばれたもんだ。あんた、あいつと同い年か?」
あいつというのはきっと、さっきひっくり返った蛙になっていたほうの彼のことだろう。朔実のルームメイトになる男だ。
一条から聞いていた事前情報をもとに、朔実は顎を引いて肯定した。
「はい、大学二年生です。ええっと……そちらは?」
「俺は四年。剱崎 将剛 。――ま、適応するまでに少し時間は掛かるだろうが、せいぜいマグナムライフを謳歌するこったな。こういうのは楽しんだもん勝ちだぜ」
ニッと先輩風を吹かせて笑う剱崎へと、朔実は首を傾げるような、頷くような、微妙な反応を返した。
――また、マグナムライフ……。
もしや、この寮ではお馴染みのワードなのだろうか。
「んじゃ、俺はもう行くぜ。せいぜいあいつと上手くやれよ。運がよけりゃ、ルームメイトならタダで相手してもらえるかもしれないしな」
「え? タダ、って……」
眉を寄せて訊き返した朔実に答えることなく、剱崎は後ろ手を振りながら飄々とその場を去ってしまった。
「……」
少しの間、剱崎が消えていった階段を呆然と眺めて、朔実ははっと我に返る。
もう部屋に戻っても大丈夫と言われたのだ。今度こそちゃんとルームメイトに挨拶しなきゃと、トランクケースを引いて二〇五号室へと引き返す。
立ち止まった部屋の前、ふうと一呼吸を置いてドアをノックした。
「水鳥川です。入っても大丈夫ですか?」
改まっての入室確認には、ほどもなく「いいよー」という快諾が返ってくる。
ほっと胸を撫で下ろして、朔実はドアノブを引いた。
「さっきはお取り込み中、どうもすみませんでした。改めまして、本日からルームシェアさせてもらうことになりました、水鳥川朔実と申しま――って、うわっ」
またしても、自己紹介は半端に途切れてしまった。
どういうわけか未だ素っ裸でベッドに寝転んで、片肘をつき、見定めるような視線をこちらに向ける男の姿に目を瞠る。ぽろんちょ、とアソコまで開けっぴろげに放り出されている始末だった。
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