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第一章 この愛は、罪 2-1

 太陽が真上に差しかかる頃、遠くから馬蹄(ばてい)の音が鳴り響いた。  十人ほどの騎士が、整然と列をなしながらリーヴェ村へと近づいてくる。 「お、おい……グレシア王国の騎士たちが来るぞ!」  その声に村人たちは一斉に外へ飛び出した。  近隣で相次ぐ修道士襲撃事件に対し、ついに王が騎士団を送り込んだのだ。  一方そのころ、アドニスは慈愛と純潔を司る女神――セレア像を丁寧に磨いていた。    白く滑らかな肌のその像は、まさに純潔そのものだった。  胸元に手を添え、まるで信徒の罪を受け止めるように静かに立っている。  微笑むでも怒るでもない――ただ静かに、すべてを見通す眼。  けれどその瞳だけは、どこまでも深く、誤魔化しも(あざむ)きも見逃さないと語っていた。  神に赦されぬ者にとって、セレア様は――沈黙の断罪だった。  そのとき、アドニスの首元でフェルメンがかすかに光を放った。  青く澄んだ涙のようなその輝きが、まるで神の祝福のように像を照らしている。  拭くたびに、セレア像の表情がやわらいでいく気がした。  まるでその優しさが、静かにアドニスの胸へと流れ込んでくるかのようだった。    そうして、迫る免罪符の日に向けて、静かに祈りを重ねていた、そのとき――。  扉の向こうが、ざわ……と(ざわ)めいた。  ――免罪符の日はまだ先のはずなのに。  (いぶか)しむ間もなく、教会の重い扉が、ギィ……と音を立てて開く。  見慣れぬ鎧の足音。    ぞろぞろと入ってくる騎士たちの姿に、アドニスは思わず手を止めた。  その先頭――ひときわ長身の男が、無言で兜に手をかけ、ゆっくりと外す。  次の瞬間。  アドニスの手から、布巾がはらりと落ちた。    そこに立っていた男は、まるで神の造形がこの世に迷い出たような、美しさだった。    銀糸のような短髪が、陽の光を受けてさらりと揺れる。  (ひたい)は端正に整い、切れ長の目元は冷ややかに光を宿していた。  まぶたの曲線は緩やかで優美なのに、眼差しは一切の情を許さない鋭さを持つ。  高く通った鼻筋と、薄く引かれた唇。  どこから見ても、完璧な彫刻のような容姿だった――けれど、どこか底知れぬものを(まと)っている気もした。  美しい。    呼吸もできない。  視線を逸らせない。    気づけば、心まで引き寄せられそうになっていた。    一度目が合えば、もう抜け出せない――。    ……そんな予感さえあった。

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