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第一章 この愛は、罪 2-2

「突然の無礼をお許しください。私はグレシア王国の騎士団長、ユリセスと申します。あなたは、リーヴェ村の神官様でお間違いありませんか?」  低く響くその声は、まるで弦を弾いた音のように心に残った。  言葉ひとつで、空間が支配されてしまうような圧があった。  アドニスは、しばらくのあいだ言葉を返せなかった。 「も、申し訳ありません。こんなに多くの騎士様たちが来たことがなく……つい、驚いてしまって」 「……ああ、それは失礼いたしました。皆の者、下がれ」  ユリセスの短い指示に、騎士たちは整然と退き、教会には二人だけが残された。 「改めまして。あなたが神官アドニス様でお間違いありませんか?」 「……そうです」 「では、近隣で続く事件についてはご存知かと存じます」  アドニスが頷くと、ユリセスはわずかに眉を潜めた。 「警備隊も動いておりますが、いまだ犯人は捕まっておりません。直近ではルータ村が襲われており――次に狙われるのは、この村だと考えられます」  その言葉に、場の空気がぴんと張りつめる。  アドニスは思わず息を飲んだ。    一拍おいて、ユリセスは真剣な声で続けた。 「……この村には、免罪符を与える特別な神官がおられると聞きました。罪を浄化する――それも、常人には到底扱えぬほどの力をお持ちだと」  一語一語が鋭く胸に刺さる。  まるでアドニス自身を指しているようで、思わず視線を逸らしそうになる。 「犯人がそれを知って、免罪符の力を狙っている可能性は否定できません。つきましては、教会に警備を置かせていただければと存じます」  その言葉に、アドニスは胸を撫でおろした。  王国の騎士団がこの村にいてくれる。  それだけで、どれほど多くの者が救われるだろう。 「構いません。ただ、村の方々へのご配慮も……」 「もちろんです。村には私の部下たちを配置いたします。……この教会には、免罪符の日が終わるまで私が直接お守りします」  思いがけない言葉に、アドニスは視線を彷徨(さまよ)わせた。   「え……」  ――騎士団長様が、僕のそばに常駐する?  そんなこと……あっていいのだろうか。  ……いいはずがない。  それなのに、胸の奥が――  静かに、ときめいていた。   「ですが……こんな場所にお泊まりいただくなど、とても……」 「お気になさらず。裏庭の倉庫でも、雨風をしのげれば十分です」 「そ、それは……私がセレア様に叱られてしまいます。どうか、せめて屋根のある寝所を……!」  必死に食い下がった末、使われていない小部屋をユリセスに案内することとなった。    それが、運命の歯車を回す始まりになるとも知らずに――。

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