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第一章 この愛は、罪 6-1

 朝の光がゆっくりと教会に差し込むころ、アドニスは静かに朝餉(あさげ)の支度をしていた。  にんじんとじゃがいもの素朴なスープと、昨日のうちに焼いておいたパンを並べる。    そこに、静かに扉の開く音がした。 「おはようございます、アドニス様」 「おはようございます、ユリセス様。……お手伝いは結構ですので、どうぞお座りください」  そう言ったものの、ユリセスは勝手に皿を並べたり、パンを温め直したりと、手際よく食卓の準備を始めた。  近頃は、こうして朝に交わすささやかな会話が二人の習慣になりつつあった。 「これは……お弁当、でしょうか?」  ユリセスが机の上の(かご)と木箱を見て首をかしげた。 「はい。今日、山へ山菜や果実を採りに行こうかと思いまして。よろしければ、ご一緒に……」 「ぜひ。喜んでお供させてください」  柔らかな微笑に、アドニスの胸がふわりと温かくなった。  二人で食事を終えると、教会の裏山へと向かった。  山はなだらかで歩きやすく、あたりには春の香りと柔らかな風が満ちている。 「申し訳ありません、私はこういったことには疎くて……どの山菜を摘めばよいのか……」  ユリセスはほんの少し照れたように眉尻を下げ、アドニスのそばへと寄ってきた。  その仕草がなんともいじらしくて、アドニスはくすっと笑いながら、葉の形や色、特徴を説明した。  気づけば、ふたりは並んで山菜を摘んでいた。  ユリセスは真剣な面持ちで一つ一つの山菜を見比べ、(うなず)きながら慎重に手を伸ばしている。  ――真面目な方だな……。そんなところも、やっぱり好きだな。  太陽が頭上に来たころ、アドニスは空を見上げて微笑んだ。 「そろそろ、お昼にしましょうか」  開けた場所に腰を下ろし、二人で弁当を広げる。  パンを手渡すと、いつものように神に祈りを捧げて、静かに食事が始まった。 「アドニス様、これはなんという花ですか?」  彼が手のひらに乗せて差し出したのは、ふわりとした、小さな星のような白い花だった。 「あっ、それはセリシアですね。その花は、純潔と高貴――セレア様を象徴するものです。古くから神官たちのあいだでは、愛を誓うときに贈る花として知られているんですよ」  アドニスがそう答えると、ユリセスはその花を静かに見つめたまま、ほんの少し微笑んだ。 「……そうですか」  ふいに、アドニスの心がざわめいた。  ユリセスの視線が、いつもとはどこか違う気がした。 「あっ、ユリセス様。指が汚れています。手を出してください」  アドニスは慌てて手拭いを取り出し、ユリセスの両手をそっと取った。  ごつごつした手のひら。  硬さの中に、どこか優しさがある。  触れているだけで、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。  ひとしきり拭いて、アドニスが手を離そうとした――    その時だった。  ユリセスがアドニスの手を、そっと包み込んだ。 「……純潔なものほど、汚してみたくなるのです」

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