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第二章 穢した愛 4
アドニスは混乱した。
――何を言っているのだろう……。
男は隙間からコロッと何かを転がすと、それはアドニスの目の前で止まった。
月明かりに照らされた瞬間、アドニスの瞳孔がすうっと開いた。
まるで、心の奥の鍵がひとつ外れてしまったかのように――。
「神官様が欲しかったものだよね?」
男がくくっと笑った。
槍のような先端に黒光りする太い棒。
――張形だった。
アドニスの唇がガタガタと震え始めた。
あの夜の……誰にも触れられてはいけない悦びを――この男の視線の中で、無防備にさらしていたなんて。
「毎晩、気持ちいいことしてたよね? 発情した獣のような声あげて、腰を振っててさ……やらしいね」
アドニスの額からとめどなく汗が流れてくる。
背中も汗でびっしょりと濡れている。
「ユリセス様って何度も呼んでイッてたよね?」
アドニスの身体が震え出した。
収めようと両腕で自分を抱え込んだが、震えは止まらない。
――名前まで……聞かれていたなんて……。
目を閉じれば、指を這わせながら喘いだあの夜が蘇る。
『ユリセス様……っ! どうかご慈悲をっ……!』
何度、繰り返しただろう――快楽と共に、祈るように呼んだあの名前を。
「あいつでしょ? 隣国の騎士団長」
――待って……それ以上は……それ以上は……!
獲物を前にした肉食獣のような、舌なめずりが聞こえた。
「……ねぇ、神官様。このことを、みんなが知ったらどうなると思う?」
心臓が凍りついたように止まった。
地面が傾く。
心臓の音が遠ざかり、世界が音を失って――祈りも、理性も、闇に呑まれた。
――まさか、こんな形で脅されるなんて……。
男が色んな手を使って、アドニスを陥れることは簡単なことだった。
――ダメだ、アドニス! 民に……ユリセス様に知られようとも免罪符を渡しては……!
その時、脳裏に閃 いた。
この男の目的は免罪符を手に入れること。
自分が死ねば免罪符は二度と手に入らない。
すぐさま、保身用の短刀を手に取った。
「……誰に何を言われようとも構いません。私は死んでもあなたに免罪符は与えません。あなたが帰らないのであれば、私はここで喉にナイフを突き立てて死にます!」
月明かりが反射して、短刀の刃先が一瞬きらりと光った。
それはまるで――命綱の火花のように、一瞬だけ煌 めいていた。
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