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第二章 穢した愛 16 ⭐

 アドニスが身体を(よじ)らせると、男は腰を掴んだ。  ゆっくりと何度も抽挿を繰り返している。  再び、男の肉棒が膨張していくのがわかった。   「やっ……やめて! もう放して!」    ――ダメっ! これ以上は狂ってしまう!    抵抗すると、男はくくっと笑った。   「どうして?」    男の舌なめずる、ぬめった音がした。   「もう……目的は果たされたはずでしょう? 放して……!」    アドニスの言葉に男は声高々に笑った。   「俺が言ったこと覚えてる?」 「え……」 「身体に……覚えさせてやるって言ったんだよ……」    男の低い声が耳殻(じかく)に木霊して、背筋に悪寒が走る。    ――このまま、毎晩、何度も、こうして抱かれ続けたら……僕は、どうなってしまうんだろう……。  アドニスは途端に怖くなって、精一杯身体を揺らして男から離れようともがいた。    逃げ場なんて、最初からなかった。  それでも、逃げたかった。  男の熱が――また、あの奥の奥に、押し寄せてくる前に。    だけど、それすらも男には、餌でしかなかった。   「いやっ! 助けて! ユリセス様!」 「ふふっ、急にどうしたの?」 「ユリセス様……! 神よ……どうか、どうか……僕を……っ!」    言えば言うほど、男の肉棒はどんどん膨張していく。  嫌がっても、再び容赦ない抽挿が始まると、冷静な頭はすぐに快感を求める思考に切り替わった。   「あへぇっ……あっ……あんっ……だ……だめ……そこっ……」 「あれ? ユリセス様は? ユリセス様ぁって呼んでよ」 「あっ……だめ……そこ……当てない……でぇっ……!」    太腿に自分の愛液か、男の精液かわからないものが流れていく。  アドニスの繊細な場所をグチャッグチャッと音を立てて、先端で押し潰される。    ――やめてぇっ! このままだと、狂っちゃうよぉっ……! 「いやぁっ! 気持ちよくしないでぇ……っ!」  絶叫が、教会の壁に反響する。  その直後、背中にぬるりと何かが垂れた。  舌なめずりする音と、熱い鼻息が耳をかすめる。  身体がびくっと跳ねた。 「……へぇ、気持ちいいんだ?」    男の(かす)れた声が聞こえた瞬間、アドニスは後悔した。  また、男の悦ぶことを口走ってしまった。   「あっ……ああっ……」 「何回喘いだっけ? まだ、やめてって言う余裕あるんだ……ふふ」 「違っ……違うぅ……」 「口で否定しても……この奥は、もう正直だよね?」    アドニスは頭を振った。  否定したくて、拒みたくて、けれど――。    妖艶に動く腰が、繊細なところを擦るたび、逃げるように、また誘われるように、身体の奥がびくんと跳ねる。  男の腰使いに翻弄(ほんろう)されながら、アドニスはじわじわと、快楽の底へ引きずり込まれていった。    ――何度も「やだ」と言ってるのに、どうして……。    この身体は、命令すら忘れて、奥を締めつけてしまう。   「あえぇ……だめっ……だめなのぉ……」 「また奥で締め付けたね。そんなに俺が好き?」 「いやっ……違うのぉっ……」 「嘘つき。ほら、舌まで出して、顔ぐちゃぐちゃだよ?」 「んぁあっ……」  ――そんな顔、ユリセス様に見せられない……。 「この顔、見せてやりたいなぁ……ユリセス様に」 「ひっ……! いやっ! いやぁっ……!」  腰は勝手に動き、舌はだらりと垂れている。  快感に抗うほど、身体が男を求めてしまう。  ――ユリセス様……このままでは……僕は……。 「もっと欲しいって言って。俺を欲しがって」 「あううっ! そこやめてぇ……!」    繊細な部分を執拗に押し潰されて、理性の糸が、今にもパチンと音を立てて千切れそうだった。    震える心が、それでも――神の名を探していた。    ほんの少しでいいから、誰か。  助けてほしかった。  けれど。  助けは来ない。ユリセスも、誰も――。  誰の手も、届かない。    だから――。  もう、快楽に堕ちるしかなかった――。   「はぁっ……かわいい俺の神官様……狂うまで一緒に気持ち良くなろうね……」 「いやっ……いやぁ……いやぁああああああああ!」    誰もいない聖堂には、堕ちゆく神官の嬌声(きょうせい)だけ。    天にも、地にも届かぬまま――。    夜の底へ――祈りも声も、すべてが溶けて消えた。

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