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第三章 抗えない淫愛 1

 光が差し込む。  救いのような朝焼けだった。    だが、アドニスを包むのは冷たく、痛い現実だった。    目に飛び込んできたのは、逃れられない事実――懺悔室の天井。    昨夜のすべてが夢であってほしい、と願った。  ……そのすぐあと、身体を襲ったのは、ずしりと重く鈍い痛み。  アドニスは、裸のまま床に倒れていた。  喉は乾ききり、指一本を動かすのも億劫(おっくう)だった。  それでも――目を瞑れば、男の声と香り、吐息までもが押し寄せてくる。  頭を振る。  何度も、何度も。  忘れたい。  だから、早く……日常に戻りたかった。  気力を振り絞って、アドニスは身体を起こした。 「……っ」  全身に、細かな痛みが走る。  ゆっくりと腕を伸ばし、目隠しを外すと、(あら)わになった自分の身体が目に入った。  腹部には 自分の白濁が、時間を吸って薄く乾き、皮膚に貼りついている。  手を伸ばすと、縄で縛られた跡――まるで罰を刻まれたような証があった。    ――何度も、何度も犯された。    肉棒で掻き回されるたび、理性を脱いだ獣の声が喉から漏れ、最後は肉壁に吐精され、絶頂へと向かう。  ――残っている、あの男の熱。  忘れたいのに、腹の奥にこびりついて離れない。  嗚咽を堪えるように歯を食いしばりながら、アドニスは浴場へと駆け込んだ。  ざばっと浴びた冷水が、火照る皮膚を過ぎて、蕾の奥に、まだ誰かがいた感触が蘇った。    そっと手を蕾に持っていった瞬間、アドニスは小さな悲鳴を上げた。    中に張型が収まっていた。  頭の奥で、あの声がまだ囁いている気がした。 『夜まで抜いちゃダメだよ。ちゃんと、俺の精液を覚えさせるまで、中に溜めてあげる』  手の甲がひび割れるほど、何度も壁を殴った。  泡立つほどの水しぶきが跳ね、アドニスの身体から滴り落ちる液体が何の跡なのかさえ、もう考えたくなかった。    ――あの男は狂ってる……!    男を否定しても、共に快感を貪った事実は消えない。    教会全体に響いた快楽の鳴き声。  全身の痛みもわからぬほど、うねった身体。  今でも疼く――身体の奥。   「うっ……ううっ……」    アドニスは情けなくなって、その場に座り込んだ。  ボロ雑巾のように扱われて、悦ぶ自分が惨めだった。  何が神官だ。  何が村人を守るだ。  最後は信仰心や慈悲の心さえなくなって、ただの欲に塗れた獣になっていた。  そっと手を蕾にやる。  張型を抜くと、どろりと白濁が零れ落ちた。  それが誰のものかなんて、考えたくもなかった。  なのに身体は、まだそれを覚えていて、手放そうとしない。  必死に指で掻き出しながら、アドニスの視界は涙に滲んだ。    昨日のことは――夢だ。  あんな声も、あんな熱も、全部幻だった。  ……夢に決まってる。夢じゃなきゃ、おかしい。    おかしいのは、夢でなかったことだ――。  鏡に映った自分が誰だかわからなかった。    白濁に濡れた身体も、涙に濡れた顔も。    思わず涙がこぼれそうになる度、こんなことあるはずがないと、何度も心の中で唱えた。  濡れた髪を拭い、服を整えると、アドニスは深く息を吸った。    握った扉の取っ手が、ひどく冷たく感じた。    ギィ、と重く軋む扉が、教会の外とアドニスの世界を繋げる。    その瞬間――。  甲高い悲鳴が、空を裂くように響いた。  

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