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第三章 抗えない淫愛 2

「どうかお許しを!」 「うるせぇ! このクソガキをこっちに渡せ!」  声のした方を振り向くと、小さな女の子を(かば)う女性が、大男に殴られそうになっていた。  アドニスは思わず、二人の間に割って入った。 「やめてください! 一体、何があったんですか?」 「こいつが俺の前で倒れやがって、靴が泥だらけだ!」  怒鳴る男の手の甲に、見覚えのある刻印があった。    前科者の証であるタトゥー――。    彼は刑期を終えてもなお、更生できていなかった。  アドニスの胸に、重いものがのしかかる。 「わかりました。靴の代金は、私が払います。その代わり、この親子には手を出さないと約束してください」  一瞬、大男の目が丸くなる。  だがすぐに、アドニスを舐め回すような視線を向け、唇の端を吊り上げた。 「へぇ、この村には神官がいると聞いたが……お前か?」 「そうですが……」  男が顔を寄せた瞬間、アドニスの呼吸が浅くなる。    昨夜、耳元で囁かれた低い声が蘇る。  心臓が跳ねる。    あの男の息遣いが、まるで今、また触れているかのように――。 「今夜、教会に取りに行く。……一発ヤらせてくれるなら、タダにしてやってもいいぜ?」  舌なめずりする音が、背筋を這った。  まるで昨日のあの男のような、下卑た笑い声がアドニスを凍りつかせる。  ――まさか……見ていたのか?  震えを悟られないよう、手を胸元で組みしめた。  大男はゲラゲラと笑いながら去っていった。  残されたアドニスは、上の空のまま、少女と母親からの感謝の言葉を受け取っていた。

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