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第三章 抗えない淫愛 5

 アドニスは、ゆっくりと息を吸い、覚悟を飲み込んだ。  ――僕が、この村を守らなくて誰が守る……。  震える声を押し殺し、静かに言った。 「……わかりました。では、あなたが求めるなら、免罪符をお渡しします」  一瞬の沈黙。    やがて、わざとらしいため息が懺悔室の外から響いた。 「はぁ? 何言ってんの……免罪符なんて、そんなもん、最初からどうでもいいのに」 「え? あなたが欲しいのは免罪符でしょう? 渡します。だから……どうか、この村を襲わないと約束してください」 「くくっ……」  男が不気味に笑い出し、教会の静寂を裂くように声が反響した。 「な、何がおかしいのですか……!」 「言ったよね? 俺が欲しいのは神官様だって」 「え……」 「神官様と、セックスしたいなぁ……」  一気に頭に血が上る。  やはりこの男は――狂っている。 「か、帰ってください……!」 「いいの? あの女の子とお母さん、明日には……どうなってるか、楽しみだなぁ……」  低く、震えるような声。  まるで、興奮で喉を震わせているようだった。  本気だ。  この男は、本当にやる。  視界の隅に、転がる大男の手首が見える。    ――あの女の子の、小さな手と重なった。 「くっ……!」  アドニスは震える手で懺悔室の鍵を外した。 「ああ……俺が入る前に、目隠ししてくれる? その方が、興奮するよね……?」  ――この外道め……! 命を、なんだと思っているんだ……!  怒りで拳を握りしめるも、その手を振るえば守りたいものが消えてしまう。  ――守るために、僕は……。  アドニスは震える指先で、布を手繰(たぐ)った。  自ら目隠しを結ぶ。  それは、誇りを捨てる儀式だった。    結ばれた布に、静かに一粒、誇りが零れ落ちた。

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