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第四章 狂愛に、堕ちて 4 ⭐

 男の熱が中で膨れ上がるたび、アドニスは幸福に震えた。  愛を囁く声が、脳の奥を優しく蕩けさせる。  奪われ、捧げたその果てに、アドニスは――甘えるように呟いた。   「ああっ……ご主人様ぁっ……っ! 愛してる……愛してるよぉっ……お願い、もっと……っ!」  男の吐息と凶器が、身体と混ざり合う。  男に合わせて、腰が跳ねる。    離れたくなくて、(すが)るように男の腰に足を絡めた。  この熱を決して逃さないように。 「可愛いよ……神官様……もっと言って……俺のこと愛してるって……」 「ううぅん……愛してる……愛してるぅ……!」  うわごとではなかった。  愛してると言えばいうほど、身体も心も満たされていく。  とろけるような快感が押し寄せてきて、思わず男を抱きしめた。 「ああっ……こわい……怖いよぉ……」 「怖い?」 「ご主人様ぁ……本当に……愛しちゃう……いやだ……行かないで……ああ……違う……そんなこと……赦されないのにぃ……」  ユリセスという存在が消えかかっていた。  男にすべてを壊されても、ユリセスへの愛は消したくなかった。    だから、これ以上の快感を与えないで欲しかった。    欲しかったのに――。 「ふふ……もう我慢しなくていいんだよ……」 「やだ……はううっ……そこっ……だ、だめっ……」 「俺だけを……俺だけを考えて……」  ドクン、と腹の奥が跳ねた。  男が深く突き上げるたび、痺れるほど甘い快感が腰に広がる。  何もかもが溶けていくような熱に、身体が勝手に震えた。   「だめぇ……気持ちよくしないでぇっ……!」  勝手に涙が零れてきた。  このまま、男が遠くへ行ってしまったら……。  そんな喪失感が、渦巻いてアドニスは涙が止まらなかった。 「なんで、泣いてるの?」 「やだ……行かないで……行かないでよぉ……」 「行って欲しくない……?」 「……うん」  素直に頷くと、男はくすっと笑った。 「……迎えに来るよ……」  神に誓うように男はぎゅっと指を絡めた。  指先が男の手を撫でたとき、ざらりとした感触があった。  男の手の甲に、細く浅い傷跡がある。  ――これ……。  胸がどくんと脈打った。    ――あのときの、あの傷。    短刀を握って、震えながらも振り下ろした、あの瞬間。  あの証が、まだここに残ってる。  ――僕の証が、男の肌に焼き付けられてる。  その事実が、なぜか胸を締め付けた。  (あと)をなぞった指ごと、男の手にぎゅっと握られた。  ぐちゅ、と音を立てて、灼熱が最奥を突く。 「ああぅっ……だめっ……止めてぇっ!」  髪を振り乱して嫌がっても、男の抽挿は止まらなかった。  むしろ、(かせ)()めて男の身体を覚えさせる――声、吐息、身体の熱、怒張の形、匂い、味、全てを。  悪魔の儀式のようなものだった。 「もう俺のものだよ……他の男じゃ、満足できないような身体に、してあげるから……」 「んひぃっ……やめて……やめでぇ……」 「神官様……愛してるよ……」  呪いの言葉――いや、祝福にも似た言葉。    ――すでに、一瞬で脳を、身体を、支配する引き金になっていた。 「ふあああああっ!」  求めていた痺れるような絶頂。  眼前が揺れてキラキラと輝いて弾ける景色。  身体の奥底で暴発した白濁が一気に流れ込んできて、弱点に向かってじわじわと溶かすように熱を帯びていく。    身体はもう戻れない。    男の熱を一滴もこぼさぬように、ぎゅっと肉壺で締め付けた。   「あえぇ……だめって……だめって言ったのにぃ……」  切なそうな声を出すと、男はクスッと笑った。    男の吐息が近づいてきて、思わず顔を背けた。  悔しかった――ただ一つの抵抗だった。 「なんでキス嫌がるの?」 「初めては……ユリセス様に……」  男の息がひゅっと漏れた。  また、乱暴にされる。  それを求めていた。 「ふーん、じゃあ諦める」  呆気(あっけ)なく男はそういうと、再び抽挿を始めた。 「ああっ……待ってっ……まだ……イッたばかり……あううっ……」 「お仕置きされたいくせに……」  身体の芯がかっと熱くなる。 「ユリセスの名前を出せば、乱暴にしてもらえるって思ったんでしょ?」  思わず、肉棒をきゅっと締め付けた。  身体だけでなく、もう心も見透かされている。 「いいよ……めちゃくちゃにしてあげる……」 「んひぃっ……! だめっ……ああんっ……だ……えぇ……」  犬のようにだらりと舌を出していると、男の吐息が近づいてきた。  ――キスされる。  そう覚悟した瞬間。  ……でも、違った。  唇じゃなく、舌だけで、心を奪われた。 「あああっ……!」 「これは愛じゃなくて、(しつけ)だからね……」  何度も何度も男は舌を這わせた。  ざらざらとした感触が走り、唾液が絡んでジュル、ジュル……といやらしい音が響いた。 「や……やめて……ぇ……」 「嫌なら、舌を引っ込めたら?」  引っ込めたくてもできない。  絶え間なく続く快感を与えられると、舌が勝手に出てしまう。 「無理……やめ……あああ……」 「気持ちいいね……」  舌だけのコミュニケーションが、残っていた理性を粉々にしていく。 「あふぅ……ふあっ……」  男に吸ってもらいたくて、限界まで舌を伸ばした。  それに応えるように、男が舌を絡めて吸い上げる。 「あへっ……へへっ……」  男がキスをしようと言ったら、今度は素直に頷いていたかもしれない。  けれど、男は何も言わなかった。  ただ、二人で夢中に指先を絡め合わせ、舌も同じように絡めた。  震える指先で、もう一度、そっとなぞった。  自分が傷つけた痕が、まるで男を縛る鎖のように思えた。  誰にも渡したくない証。    ――僕が刻んだ痕。彼の肌に残る、僕だけのしるし。    それが嬉しくて、悔しくて、でも……なにより、誇らしかった。  男の熱がゆっくりと身体の奥へと沈んでいく。  とろけるような満足と、寂しさが交互に押し寄せた。    心地よい余韻の中――ほんの数秒、それでも永遠のような静けさが流れた。   「んむっ……はぁっ……行かないで……お願い……」  絶頂が近づくと男の腕を跡がつくくらい、ぎゅっと掴んだ。    決して離したくなかった。    果ててしまったら、もう男がいなくなる気がして怖かった。   「迎えに来るよ……約束するから……いい子にして、待ってて……」 「だめっ……だめっ……突かないでぇ……一人にしないでっ……! お願い……僕を一人にしないでぇっ!」  ビクンと膨張した欲棒が、アドニスの中で跳ねた。  熱が溢れて、奥に叩きつけられるように注がれる。 「あええええええぇっ!」  再び目の前に現れる(きら)めく星たち。  キラキラと舞っては消えていく。  ――このまま、溶けてしまえばいいのに。  意識が遠のく中、耳元に、甘く囁く声が残った。   「……愛してるよ」  心が真っ黒に染まっていく。  まるで、魂がこの男の沼に溶け込んでいくように。  

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