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第六章 愛を失って、神を知る 1

 五日目の朝。  耳に届いたのは、信じたくない(しら)せだった――  男が、死んだと。    村の掲示板に無造作に貼られた紙。   「強盗犯、処刑!」    無情な文字が、心の奥を突き刺した。    ――処刑……? あの男が……死んだ……?    周りの村人が皆「祝杯だ!」と騒いでいる中、アドニスは何度も何度も文字を辿っていた。  だが、一向に脳内に入ってこない。  頭の奥で何かが軋みながら、文字を拒んでいた――受け入れてしまえば、何かが壊れてしまいそうで。   「神官様」    隣の夫人に呼びかけられ、アドニスの肩がびくっと震えた。   「良かったですわね。あの強盗は村の修道士様を殺していたのでしょう? アドニス様に何もなくてとても安心しています」 「そうだ! 俺らのアドニス様は助かったんだ!」 「アドニス様が日頃私たちを助けてくれたおかげです。神が守ってくださったんですわ」    村人たちは祝福の輪をつくるようにアドニスを囲んだ。  誰もが口を揃えて「良かった」と言う。  中には、アドニスの手を取って、唇を震わせて泣く者もいた。   「……」    どうしたというのだろう。    村は、歓喜に湧いていた。  けれど、アドニスだけが――まるで葬列に立っているかのようだった。    喜びに沸く村の色彩が、アドニスの視界だけモノクロに沈んでいく。  笑い声が(うと)ましくて、耳を塞ぎたくなる。    同じように喜べない自分がいる。  こんなにも心を痛ませている自分がいる。    ――僕は……いったい……。    踵を返した途端、小さい子どもたちがアドニスの手に飴を渡した。   「アドニス様! 神のご加護があって良かったね!」 「……そうだね。ありがとう……」 「アドニス様、どこか身体が悪いの……?」    心配そうな少女を見て、アドニスははっとした。    子どもたちの無邪気な瞳が、自分を突き刺す。    無理やり笑ってみせたが、唇は震えていた。    この痛みを知らない彼らに、嘘をついている――そう思った。    アドニスは踵を返し、自室へと歩き出す――逃げるように。

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