49 / 66
第六章 愛を失って、神を知る 1
五日目の朝。
耳に届いたのは、信じたくない報 せだった――
男が、死んだと。
村の掲示板に無造作に貼られた紙。
「強盗犯、処刑!」
無情な文字が、心の奥を突き刺した。
――処刑……? あの男が……死んだ……?
周りの村人が皆「祝杯だ!」と騒いでいる中、アドニスは何度も何度も文字を辿っていた。
だが、一向に脳内に入ってこない。
頭の奥で何かが軋みながら、文字を拒んでいた――受け入れてしまえば、何かが壊れてしまいそうで。
「神官様」
隣の夫人に呼びかけられ、アドニスの肩がびくっと震えた。
「良かったですわね。あの強盗は村の修道士様を殺していたのでしょう? アドニス様に何もなくてとても安心しています」
「そうだ! 俺らのアドニス様は助かったんだ!」
「アドニス様が日頃私たちを助けてくれたおかげです。神が守ってくださったんですわ」
村人たちは祝福の輪をつくるようにアドニスを囲んだ。
誰もが口を揃えて「良かった」と言う。
中には、アドニスの手を取って、唇を震わせて泣く者もいた。
「……」
どうしたというのだろう。
村は、歓喜に湧いていた。
けれど、アドニスだけが――まるで葬列に立っているかのようだった。
喜びに沸く村の色彩が、アドニスの視界だけモノクロに沈んでいく。
笑い声が疎 ましくて、耳を塞ぎたくなる。
同じように喜べない自分がいる。
こんなにも心を痛ませている自分がいる。
――僕は……いったい……。
踵を返した途端、小さい子どもたちがアドニスの手に飴を渡した。
「アドニス様! 神のご加護があって良かったね!」
「……そうだね。ありがとう……」
「アドニス様、どこか身体が悪いの……?」
心配そうな少女を見て、アドニスははっとした。
子どもたちの無邪気な瞳が、自分を突き刺す。
無理やり笑ってみせたが、唇は震えていた。
この痛みを知らない彼らに、嘘をついている――そう思った。
アドニスは踵を返し、自室へと歩き出す――逃げるように。
ともだちにシェアしよう!

