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第六章 愛を失って、神を知る 3
扉の向こうに立っていたのは、見慣れた警備隊の男だった。
「……処刑人の弔いをお願いします」
冷たい声が、胸の奥にざらりと刺さった。
たった一言で、押し込めていた感情がゆっくりと溢れ出す。
あの男の顔を見なければならない――その事実が、心をゆっくりと締めつけてくる。
支度を終わらせると警備隊に付き添われ、馬車に乗り込んだ。
揺れに身を任せながら、窓の外――ぼやけた遠景をただ見つめていた。
できれば最後まで顔は知りたくなかった。
そして、自分が弔う側にもなりたくなかった。
なぜ、神は、これほどまでに残酷なのだろう――。
――これは……僕が罰を受けているのか? あの男に心を動かされた、報い……?
「着きましたよ」
はっとして、急いで馬車から降りた。
処刑場はもう静まり返っていた。
ざらつく空気のなか、裏手へと案内された。
「これです」
警備隊がむしろをめくると――。
そこに横たわっていたのは、あまりにみすぼらしい格好の男だった。
衣服のほつれや穴が、彼の生活の困窮 を語っているようで胸が締めつけられた。
麻袋の隙間から覗く首元には、まるで「処刑」という言葉そのものを肌に刻んでいて、何度も見てきたはずのそれが、今日はやけに生々しかった。
「ではお願いします」
警備隊が麻袋に手をやった瞬間、心臓がどくんと音を立てた。
麻袋がはらりと落ちる。
そこには、金髪の青年が眠るように横たわっていた。
――これが……あの男……。
齢 はアドニスよりも下か同じくらいだろう。
とても強盗をするような人相 には見えなかった。
――こんな……虫一匹も殺せぬような青年が……。
愛おしい気持ちと失望感が混ぜ合わさって、胸が痛む。
……けれど、どこか引っかかる。
何かが足りない。
この遺体が「彼」であると、心がどうしても認めようとしない――。
そっと膝を折って、男の手に触れようとした――その瞬間だった。
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