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第七章 愛という名の赦し 5
「……はあ……、バレちゃったか。せっかくのシナリオ、台無しだな」
男――ユリセスは、整った前髪を指でかき上げ、無造作に掻き乱した。
美しかった横顔が、たちまち異形のように歪む。
「ちゃんと迎えに来るつもりだったんだよ? 戦争に行くふりして、死体まで用意したのにさ」
「ユリセ……」
「アドニスが絶望に沈んだそのとき――死んだはずの俺が戻ってきて、愛の逃避行。いいでしょ? 俺なりのロマンスだったんだ」
その笑顔は、あの穏やかなユリセスのものではなかった。
唇の端が裂けそうなほどに吊り上がり、瞳は感情を失ったまま凍りついている。
――誰……? この人は本当に……ユリセス様……なの?
「まだ信じられないの?」
くいっと首を傾げ、不敵に笑ったその口元が、あの夜、耳元で囁いた男のそれと重なった。
「じゃあ、教えてあげる。騎士団長のユリセスは本当。俺が強盗して修道士を殺してたのも、本当」
コツ、コツと足音を鳴らしながら、ユリセスが距離を詰めてくる。
手を差し伸べてくれたあの日の笑顔が、頭に浮かんだ。
優しい声も、優しい手も、全部――。
そして、真上から見下ろして、囁いた。
「嘘だったのはアドニスの愛した、優しくて真面目なユリセスが、最初から存在しなかったってこと」
ぞわ……っと背筋に冷たいものが走った。
頭がついてこない。
叫び出しそうな声を喉奥で押し殺して、アドニスは床に崩れ落ちた。
「う……嘘だ……ユリセス様は……気高くて……民のために……」
「あーあー、うるさいな。清廉潔白なユリセス様は、俺が演じてただけなんだってば」
「うそ……」
これ以上、声にしようとしても、喉から漏れるのはかすれた息だけだった。
ユリセスはふいに膝を折り、アドニスと視線を合わせる高さまで身を屈めた。
「予定狂っちゃったけど、まぁいいや。ほら、俺と一緒に行こう」
ユリセスの手がゆっくりと近づいてくる。
優しく、あの日と同じ笑顔で。
でも――違う。これは、もうあの人じゃない。
指先が触れる、その瞬間――
アドニスはその手を、叩き落とした。
「っ……!」
立ち上がる足が震える。
背後に出口はあるか――視線が泳ぐ。
心臓が警鐘のように打ち鳴らす。
灯りが遠ざかるように、視界の端から色が褪せていく。
呼吸が浅くなり、足がもつれる。
でも、逃げなきゃ――この人に捕まったら、もう二度と……。
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