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5 1日目ー3回目の注射と更なる羞恥

「……っ」 目が覚めたとき、最初に感じたのは、身体の奥から湧き上がるような熱だった。 乾いた喉に吸い込んだ空気が生ぬるく、皮膚の一枚内側がじっとりと汗ばんでいるような不快感。 体温が明らかにいつもより高い。それだけで、神経のどこかが妙に冴えてしまう。 「……なんだ、これ……」 声は掠れ、呼吸がやけに速い。 寝起きとは思えない心臓の高鳴りが、耳の奥を脈打つように響く。 そして、最も異常だったのは—— (……ヤバい……) 腹の奥に、鈍く重たい圧迫感。 それと同時に、じわじわとせり上がってくる焦燥感。 (……マジか……) 尿意。 さっき寝る前は「まだいける」と思っていたはずだ。 でも今は、すでに限界が視界に迫っている。 無理に気づかないふりをしても、体は正直だ。どうしたって、耐えられない。 (……やべぇ、これ……) 目をぎゅっと閉じて、思考の波を押し戻そうとする。 けど、じっとりと背中を伝う汗の気配が、それを許さない。 そんなとき、耳元に柔らかく、しかし異様なほど馴染みすぎた声が落ちてきた。 「おはよう、れーちゃん」 (……っ!) 肌が一瞬で粟立った。 目を開ければ、やっぱりそこにいた。 凛が、まるで当たり前のように俺の顔を覗き込んでいる。 安定した微笑み。目の奥の温度が、逆に恐ろしい。 「よく眠れた?」 呼吸を整える余裕もないまま、俺は僅かに眉を寄せた。 「……っ」 「うん、顔色いいね」 「……勝手に判断すんな……」 言葉が乾いていた。 気を抜けば、トイレのことを口に出しそうで、それだけはどうしても避けたかった。 「ちょっと熱っぽいかな。そろそろ、3回目の時間だね」 (……っ!!) その一言に、思わず胃のあたりがキュッと縮む。 凛の手がゆっくりと注射器を取り上げる。 いつのまにか、もうその準備は整っていたのだ。 (やめろ……もう無理だって……) 前の2回で、確実に何かが変わってしまったことを、俺は誰よりも自分の体で理解していた。 熱がこもるような感覚。触れられていないはずの場所が、妙に敏感に意識される。 気のせいだと押し込めた変化が、確かに——確実に、進行している。 (けど、そんなことより……トイレ……っ!!) 脳の片隅が、激しく警告を鳴らす。 もう、どうにもならない。 けれど、どうしても口に出せなかった。 上半身をわずかに動かした瞬間、凛の手が静かに俺の肩を押さえた。 さも当然のように、当たり前の動作として。 「大丈夫、すぐ終わるから」 「っ、やめろ……!」 声が裏返る。 しかし凛は微笑んだまま、何の動揺も見せず注射器を構える。 「ほら、力抜いて」 抵抗する暇もなく、冷たい針が二の腕へと押し当てられる。 チクリ、とかすかな痛み。 その感触はもう、皮膚ではなく心に突き刺さるようだった。 (……くそ……!!) 何度目だ、この無力感は。 身体の内側がじわじわと灼けていくような錯覚に、息が詰まりそうになる。 「……よし、終わり」 「……っ」 凛が器具を置く音が聞こえた頃には、俺はただ拳を握りしめて耐えていた。 熱は強まっている。脈拍が上がっていくのがわかる。 そして、尿意も——。 (もう無理だ……) ついに、限界が訪れた。 「……なぁ」 声を絞り出す。 「トイレ……」 視線を逸らすことすらできず、凛の表情を睨みつけるように見つめる。 ほんの一瞬だけ、凛の目が細められた。 けれどそれも、すぐに柔らかな笑みに戻って。 「ああ……そっか」 「……っ」 その頷きに、俺はわずかに安堵しかけた——が。 「でも、その前に……」 凛がゆっくりと立ち上がる。 その仕草だけで、心臓がひとつ強く跳ねた。 「お風呂、入ろっか」 「……は?」 耳を疑った。 まさかの言葉に、思考が一瞬だけ硬直する。 「ちょうど、汗もかいてるしね」 「いやいや、待て!!」 言葉が追いつかない。 俺が必要としているのは「湯」じゃない、「排泄」の方なんだ!! 「大丈夫、すぐ終わるよ」 「すぐ終わるとかじゃなくて、俺は——」 「ほら、立って」 柔らかな声とともに、腕を掴まれる。 体の熱はもう限界に近い。 でも、それ以上に焦燥が、羞恥が、身体の内側を満たしていく。 (……っ!!) ここから逃げなきゃいけない。 だけど、凛の支配はもうすでに、俺の「生理」すらも飲み込もうとしていた。 「脱がすね」 凛の指が、シャツのボタンにふれる。 その一言で、俺の神経は一気に逆撫でられた。 「っ、お前、やめ……!」 叫ぶ声も届かない。 凛の手は当たり前のように俺の胸元に滑り込む。 布越しに触れられた皮膚が、ぞくりと震えた。 「汗かいたままじゃ気持ち悪いでしょ?」 「気持ち悪いとかじゃなくて!!」 抗議が空気に溶ける。 声にならない苛立ちが喉の奥で軋む。 凛は変わらず微笑んで、俺の抵抗など意にも介さない。 「暴れると、脱がせるのに時間がかかるよ?」 その一言が、妙に現実的で、逆に背筋が凍る。 時間がかかる――それはつまり、この屈辱が長引くということだ。 「早く終わらせたいでしょ?」 (……っ!!) 悔しいが、その通りだ。 トイレに行きたい。今すぐにでも。 そのためなら、無駄な抵抗に時間を費やす余裕なんてない。 「……っ……っくそ……!!」 肩をすくめ、俺は視線を逸らした。 羞恥が喉元までせり上がってくる。 シャツのボタンがひとつずつ外されていく感触が、皮膚に直接語りかけてくるように生々しい。 凛の指が首筋を滑るたび、理屈じゃない鳥肌が立った。 「れーちゃん、ちょっと力抜いて」 「……っるせぇ……!!」 震えた声で吐き捨てるが、俺の腕は、やっぱり動かせない。 拘束されていなくても、凛の手が触れているだけで全ての力が抜けてしまう。 「はい、上は終わり」 シャツが脱がされ、上半身が露わになる。 次は—— スッと、凛の指がズボンの前留めにかかる。 「っ……!」 急に浮いたような感覚。 視界が狭まり、全身の皮膚が異常なほどに緊張する。 「れーちゃん?」 また、優しい声。 「……っ……!」 ズルリと、ズボンの生地が滑る。 下着ごと、容赦なく。 肌に触れていた布が剥がれ、ひやりとした空気が下腹部を撫でた。 「や……めろ……っ!!」 反射的に手で押さえようとするが、その手もすぐに凛に掴まれた。 「ん、ダメだよ」 淡々と、まるで子どもをあやすように押さえ込まれる。 「お風呂入るんだから、ちゃんと脱がなきゃ」 (……っ!!) 理屈では分かっている。 けど、それを受け入れられるわけがなかった。 「あ、ごめん。れーちゃん……足枷あると脱げないから……」 凛がしゃがんで、足元から鋏を取り出した。 チキチキ、と開閉する金属音が、不気味に静寂を切り裂いた。 「切っちゃうね。危ないから動かないでね?」 「な……っ」 止める暇もなかった。 鋏は簡単にズボンを裂いていく。 やけに滑らかに、布が切られていく音が耳に張りつく。 パンツも同様に――。 ズボンが床に落ちた瞬間、腹部にかかっていた圧迫感がふっと消える。 次の瞬間―― 「っ……!!!」 全身に電撃のような尿意が駆け抜けた。 「れーちゃん?」 凛の声が近い。 「……っ、いや……っ……」 本当に、限界だった。 これ以上は、もう――。 (……無理かも……!!) 視界が揺れる。 息が詰まり、腹筋に必死で力を入れるが、踏みとどまれる自信がない。 「れーちゃん、どうしたの?」 「……っ、なんでもない……っ……」 意地で言葉を吐き出す。 けれど凛は、俺の震えに気づいていた。 「……ああ、そっか」 目の前で、凛がそっと額を近づけてくる。 「トイレ、行きたかったんだね?」 (――!!) 痛いほどの正解。 言葉にされた瞬間、羞恥が一気に頭に昇った。 「……っ、……っ」 声が出ない。 「無理しなくていいよ」 凛はやさしく微笑む。 「トイレ……行く?」 (……やめろ……!) 問いかけが、まるで罠のように柔らかい。 けれど、俺の選択肢は狭まるばかりだった。 「……っ、ちが……っ……!!」 「ふふ、でもれーちゃん、もう我慢できないんじゃない?」 「……っ……!!!」 「ねえ、大丈夫だよ?」 凛の手が腰を支える。 そのぬくもりが、羞恥に拍車をかける。 (――!!!) 「力抜いてもいいよ?」 耳元で囁かれた瞬間、全身が震えた。 「っ……!! ふざけんな!!!」 渾身の拒絶。腕を振り払った。 (……ヤバい……マジでヤバい……!!) 限界。もう無理だ。 一歩でも遅れれば、本当に――。 「れーちゃん?」 俺の顔を、凛が優しく覗き込んでくる。 まるで、すべてを見透かしているように。 「……トイレ……行かせろ……」 喉の奥から震えた声が漏れる。 凛はゆっくりと首を傾げる。 「トイレ行きたいの?」 「当たり前だろ!!」 叫ぶ。涙が滲みそうになる。 「……じゃあ、ちゃんと言って?」 「は?」 「僕に、『トイレに行かせてください』って、お願いして?」 (……っ!!) 息が止まりそうになった。 (なんでそんな……!!) でも、選べない。もう、選べないんだ。 「……っ……」 喉が詰まる。唇が震える。 「……ト……イレ……行かせて、くだ……」 「聞こえないよ、れーちゃん」 凛が、耳元で囁く。 「ちゃんと、お願いして?」 (……っ……くそ……!!!) 俺は、最後の一線を、自分の口で壊した。 「……トイレ……行かせて、ください……」 言葉が、唇からこぼれ落ちた。 凛が微笑む。 「うん、いい子」 俺は、唇を噛み締めて、ただ俯いた。 支配された現実から、目を逸らすように——。 -------------------- 20250831:改稿 リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪ -------------------

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