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6 1日目ー羞恥の行き先は浴室
(……やっと……)
けれど――
「れーちゃん、そのままでいいよね?」
凛の言葉が、薄く空気を震わせる。
「……は?」
反射的に問い返すと、凛は優しい声音のまま、追い打ちをかけるように言った。
「だって、どうせお風呂入るし。近いし、寒くはないでしょ?」
その瞬間、心臓が凍りついた。
血の気が、足先から引いていくのを感じた。
(……まさか……)
「裸のままで、トイレ行こう?」
その言葉が現実だと理解するのに、数秒かかった。
俺の体が、ピクリと反応する。強張る。全身が危機信号を鳴らす。
なのに、凛はいつも通りの柔らかな顔で俺の腕を引く。
「れーちゃん?」
「……っ、無理だろ、そんなの……!!」
言葉を振り絞るように吐き出す。
「どうして?」
凛が首を傾げる。その無垢な仕草が、かえって狂気じみて見えた。
(……わからないのか……? 本当に……)
「誰も見てないよ? 僕しかいないし」
「……だから、それが嫌なんだよ!!!」
耐えきれず叫んだ。なのに、凛の瞳は微塵も揺れなかった。
むしろ、もっと深く、もっと優しく、俺の奥を覗き込んでくる。
「でも、れーちゃん、さっきお願いしたよね?」
(……!!)
脳裏に、さっき自分が口にした言葉が蘇る。
『トイレに行かせてください』
凛の声は、それをもう一度、丁寧になぞった。
「だったら、僕の言う通りにしないとね?」
(……っ……!!!!!)
言葉を奪われる。
これが、凛のやり方だ。最初から最後まで、一貫して。
優しく、穏やかに、けれど確実に選択肢を奪っていく。
望みを叶えてあげるよ、と言いながら、その代償に服従を強要してくる。
凛はいつから、こんな風に俺を支配することを考えていたんだろう。
……今さら考えても遅い。
俺はもう、逃げられない位置にいる。
「大丈夫、僕しか見てないよ」
その一言で、完全に息を詰まらせた。
羞恥と、悔しさと、絶望が入り混じって――
もう、何も言えなかった。
俺は、裸のまま。
凛の指に繋がれた操り人形のように、トイレへと歩かされていった。
※
「すっきりした?」
トイレから戻ってきた俺は、もはや抜け殻だった。
羞恥と敗北感に、思考も感情もぐしゃぐしゃになっていた。
服もプライドも脱がされて、もう何も残ってない気がする。
(……終わった……これで、やっと……)
そう願ったのに、凛は軽やかに次の言葉を投げかけてきた。
「じゃあ、次はお風呂ね」
脳がぐらりと揺れた。
「……っ、もういいだろ……!!」
自分でも震える声に驚いた。
「ダメだよ、ちゃんと綺麗にしないと」
凛はいつも通り穏やかで、そして容赦がなかった。
「っ……!!」
浴室の扉が閉まる音が、牢獄のように響く。
(……最悪だ……)
裸のまま濡れた床に立ち尽くす。
温かい空気のはずなのに、背筋がひやりと冷える。
「れーちゃん、座って」
「……っ、何で……」
「ほら、お湯かけるから」
抵抗する気力は、もう尽きかけていた。
俺は言われるがまま、浴槽の縁に腰を下ろす。
シャワーの音が近づく。ふわりと立ち昇る湯気。
「はい、あったかいよ」
お湯が頭にかけられる。優しい温度。優しい手つき。
――なのに、怖い。
あまりにも優しすぎて、心の芯がざわつく。
俺は今、裸のままで、凛の手によって清められている。
それはもはや「世話」ではなく、「洗礼」のようだった。
「れーちゃん、気持ちいい?」
「……っ……」
言葉が出ない。
何もかもが、怖すぎて。
「力が抜けてきたね」
シャワーが止まり、代わりに凛の手が動き始める。
泡のついた手が、俺の肩を滑る。胸元を撫でる。
「……触んな……!」
反射的に反抗するが、もう威力はなかった。
「ふふ、ごめんね。でも、れーちゃんの体、綺麗にしないと。ね?」
それは「愛しさ」の形をした、従属の確認だった。
凛の手が、泡とともに俺の胸元から腹部へと滑る。
その動きは緩やかで、優しくて――けれど容赦がなかった。
(――やめろ!!)
心の中では叫んでいる。
けれど、喉が震えるばかりで、声にならない。
「大丈夫、全部僕が気持ちよくしてあげるから」
囁くように、凛が言った。
次の瞬間、指先が脚の付け根をなぞる。
ぬめる泡が、いやらしくまとわりついてくる。
そして――
「っ……やめ……っ……!!」
全身が跳ねるように震えた。
そこは、絶対に触れられたくない場所だった。
「暴れないで、れーちゃん」
凛の声は柔らかく、優しいままだ。
まるで、俺が怖がっていることにすら寄り添うかのように。
「……っ、ふざ……け……」
言葉にしたかった。否定したかった。
けれど、喉の奥でそれはかすれて消えた。
(やべぇ……!!)
逃げなきゃ。拒絶しなきゃ。そう思ってるのに――
体は、もう言うことをきかない。
ぬるりと、指が俺のものに絡みつく。
扱かれるように、その感触が徐々に強くなっていく。
背後から凛の身体が密着していて、逃げ場はどこにもなかった。
泡の湿った感触と温かい手のひら。
男同士で、こんなこと、あり得ないのに。
「ほら、気持ちよくなってきたでしょ?」
「っ……ちが……っ!!!」
否定の言葉だけは、絞り出した。
でも、凛の指は止まらない。
繰り返し、優しく、でも確実に俺の興奮を引き出してくる。
「ふ、っ……!ぁ」
思わず漏れた息が、浴室の壁に吸い込まれる。
下腹がじんじんと熱くなり、指の動きがそこに焦点を当ててくる。
「れーちゃん、気持ちいいね」
「っ……!! や……だ……!!」
声はかすれ、息は乱れ、全身の感覚が揺さぶられていく。
体は熱く、頭はぼんやりして、理性がまるで薄紙みたいに破れていく。
(……っ……ダメだ……っ…………!!!)
もう、止められなかった。
「ほら、もう我慢できないよね?」
耳元で、甘く囁かれる。
支配の声。拒否の余地を与えない、優しい命令。
「僕の手で、気持ちよくなって?」
「っ……!!!」
――何かが、切れた。
視界が真っ白に染まる。
背筋を電流のような快感が駆け上がって――
「……っ、く……ぁ……!!」
射精した。
早すぎるくらいに、あっけなく。
凛の手の中に、俺のすべてが流れ出していった。
とろ、とした感触が、濡れた手のひらを汚す。
全身がビクンと痙攣し、そのまま、ぐったりと背中を浴槽の縁に預けた。
(……こんなの……どうすればいいんだよ……)
恥も、矜持も、何もかもが壊された。
ここまでされて、もう「拒絶すること」すら、俺には許されていなかった。
これまでのように、
友達同士でAVを見たり、ふざけて抜き合ったり――そんなレベルじゃない。
凛の手が、俺の欲を煽り、凛の手によって昇り詰めさせられた。
完全に――
支配された。
「れーちゃん、すごく可愛かったよ」
耳元で、囁くような声。
熱のこもった吐息が、耳の裏を撫でていく。
そのまま凛は、俺の耳にそっと唇を寄せて、微かにキスを落とした。
「……っ……」
俺は、震える手で顔を覆った。
羞恥で顔が焼けるようだった。
目を見られたくなくて、感情を悟られたくなくて。
でも、もうすべては遅かった。
凛の言葉が、決定的な宣言として落ちてくる。
「もう、僕なしじゃダメだね」
背後から、嬉しそうにそう呟かれた瞬間――
俺は、自分が己という階段から堕ちたことを自覚した。
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20250831:改稿
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