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12 2日目ー身体検査
「れーちゃん、ちゃんと横になって」
「……っ……!!」
凜の声が静かに落ちると同時に、俺の肩がぐっと押される。
腕を掴まれ、柔らかなシーツの上に無理やり戻された身体は、そのままベッドに沈み込んだ。
固定された足首の鎖が、わずかな動きに反応してカチャカチャと乾いた音を立てる。
(……また、だ……)
逃げ場なんて最初からなかった。
自由なはずの上半身すら、凜の「言葉」に縛られているように動けない。
「まずは、鎖骨から」
「っ……誰が……!!!」
反射的に口をついて出た反論の、その途中で――
「ピッ」という機械的な電子音が、ベッドルームに響いた。
(……?)
凜の手にはスマホ。
そのレンズが、まっすぐ俺に向けられていた。
「なっ……!?」
「ちゃんと記録しておかないとね」
「記録って……」
「れーちゃんが、どれくらい変わってるのか、確認するために」
(……嘘だろう……)
言葉のやりとりは成立しているのに、まるで会話が通じない。
俺が何をどう言おうと、凜の行動には一切の影響を与えない。
――俺の「意志」が、この空間には存在していないのだ。
その現実に気づいた瞬間、全身の力が抜け、指先までも凍りついたように動かない。
「ほら、大人しくして?」
「っ……!!」
「……っ……」
冷たい録画の赤い光が、どこまでも無感情に俺を見下ろしていた。
この寒気は、“録られている”ことへの恐怖か、あるいは――
「れーちゃん、ちゃんと撮るからね」
「……っ……何が“ちゃんと”だよ……!!!」
「大事な記録だから」
「こんなもん、記録する意味ねぇだろ……!!」
「あるよ。れーちゃんの変化を、ちゃんと残さないとね」
(変化……?)
凜の指先が、迷いなく俺の鎖骨に触れる。
皮膚の表面をそっとなぞられただけなのに、微かな震えが背中を走る。
「じゃあ、まずはここから」
「っ……」
(……あれ……?)
これまでなら、ただの接触で終わっていたはず。
けれど今は、皮膚が電気を帯びたみたいにざわつく。
「昨日より、肌が柔らかくなってるね」
「……っ……」
たしかに、わかる。
自分でも思う。
けれどそれを、絶対に認めたくなかった。
「次、胸」
「凜っ……!!」
「ほら、力抜いて」
「抜けるかよ……!!!」
「触ってあげたら力が抜けるかな?」
指が、ためらいなく俺の乳首をなぞる。
そのわずかな圧だけで、呼吸が一瞬止まる。
「っ……!! やめろ……!!!」
ぞくり、と身体が跳ねた。
その感覚が何よりも恐ろしい。
感じてしまった――その事実が。
(……やば……)
「昨日より、ちゃんと感じてる?」
「感じるわけねぇだろ!!!!!」
強く言い放ったはずなのに、心臓の音がそれを裏切っている。
「そっか。でも、動画にはちゃんと映ってるよ?」
「っ……!!!」
撮るな。
記録するな。
これは俺の身体じゃない。
そう叫びたかった。けれど――声が、出なかった。
「次、お腹」
ぬるりと指が腹部へ移動する。
そこに圧をかけられるたび、体内の奥から奇妙な感覚が湧き上がる。
「ここ、αの頃より力が抜けてきてるよね」
「あ……っ……」
「昨日より、感度が上がってるね」
「違う……っ……!!」
「特に、ここ……」
ふにり、と下腹部を押された瞬間、身体の内側で何かが跳ねた。
それは明確な“反応”だった。
「なっ……⁈」
「れーちゃんの子宮ができかけてるところだよ」
「は……?」
「ここはね前立腺小室ていわれているところでね。子宮の痕跡なんだよ。ここがΩは育って子宮として機能するんだよ。本来は使われてないからね、αであれば機能はしないけれど……Ωは違うから」
言葉が、理解できない。
理解したくない。
(こんな……)
「じゃあ、足も確認しようか」
足を撫でられた感触が、やけに鮮明に脳裏に刻まれる。
「……触るな……!!!」
「ふふ、少し震えてるね」
(嘘……まさか……俺の身体が……)
「横を向いてね。背中を見るから」
強引に身体を転がされ、シーツの上で横向きにされる。
「……っ……」
背中を撫でる手が、いやらしいほど優しい。
「やっぱり昨日より、肌が敏感になってるよ?」
「……っ……ぅ!!」
触れられるたび、神経が反応する。
そのたびに鳥肌が立ち、羞恥と混乱で頭の中が真っ白になる。
「じゃあ、お尻もみようか」
「えっ⁈まっ……!」
声が上がる間もなく、凜の指が尻の谷間をなぞり、中心部へと押し当てられた。
「凜っ……!やめろ……!」
羞恥が恐怖を超える。
咄嗟に手を伸ばして、凜の手首を掴む。
「なんで?」
「なんでって……!人に見せるような場所じゃないだろ⁈」
「うーん?でも僕はれーちゃんの番だよ?ねえ、れーちゃん、わかってる?」
俺の抵抗など、最初から計算済みであるかのように、凜は指を動かす。
「ここにさ、こうやって……」
「ひっ……!」
「僕のペニスが入るんだよ?」
指が円を描くように動くと、穴が引き連れて奇妙な感触を産む。
俺は必死で頭を振った。
押し込まれる指先に、全身が強張った。
「いやだ、凜、凜……!」
何度も名前を呼んで、縋るように、否定するように繰り返す。
けれど――凜は止まらない。
「えー……うーん、そうだなぁ……じゃあ、僕にキスをしてくれたら許してあげる」
「……え……?」
その言葉に、思考が一瞬だけ止まる。
振り返った先で、凜は微笑んでいた。
「交換条件。止めてあげるから、僕にキスして?」
それは、いつものあの顔。
俺を追い詰めることすら“優しさ”として微笑む、狂気の仮面だった――。
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前立腺小室のあたりは医学的根拠に基づいたオリジナル設定です。
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