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26 3日目ー番1

背中が、じわじわと沈んでいく。 重力でも、熱でもない。もっと、抗いようのない「何か」が、内側から俺を底へと引きずっていた。 逆らおうとすればするほど、身体の奥で何かが軋む―― それが、快感に近いものだなんて。 絶対に、認めたくなかった。 「れーちゃん……」 凛の声が、すぐそばで揺れていた。 肩口にそっと唇を落としながら、まるで長年連れ添った恋人みたいに、俺の全身を抱き込んでくる。 「怖いなら、手を繋いでいようか?」 囁かれる声。絡められた指先。 ひどく熱かった。 握り返したつもりはない。けれど、離すこともできなかった。 俺の手は、もうとうに凛のものだった。 「……お前、本当に……こんなことして……何が……」 絞り出した言葉は、霧のなかでぼやけた。 自分の声すら遠く、まともに思考できない。 けれど、皮膚の感覚だけはいやに研ぎ澄まされていた。 凛の手が、俺の体をなぞる。 首筋から、鎖骨。胸元、腹、そして腰へ―― どこに触れられても、びく、と身体が震えた。 熱が、侵すように肌を這っていく。 その感触は温かいというよりも、「蝕まれている」と呼ぶほうが近かった。 罪悪感と快感の境目が溶けていく中で、思わず、喉の奥から声がこぼれる。 「れーちゃんは、ちゃんと僕を感じてる。……分かるよ」 吐息が、耳にかかる。 その一瞬で、背筋が跳ねた。 もう、俺の身体は――完全に、凛の声に反応していた。 (……いやだ。やめろ……) 心の中で幾度も繰り返す。 けれど凛の体温に触れていると、不思議と落ち着いてしまう。 近くにいなければ、息が詰まる。 離れたくても、もう離れられない。 それがすべての証だった。 「僕ね、ずっと“番”って言葉を信じてなかったんだ」 凛の声が少し低くなる。 耳に、心臓に、沈むように入ってくる。 「でも……れーちゃんに出会って、分かった。これはただの偶然や生理現象じゃない。僕が、君を“番”にするって決めた瞬間から、すべては始まっていたんだよ」 (……決めた?) おかしい。 番とは、自然に訪れるものだと信じていた。 相性や運命に、ただ導かれるもののはずだった。 なのに、凛は“自分で選んだ”と言う。 「れーちゃんを番にするために、僕は何年も準備した。全部、自分で作ったんだよ?君の身体に合う薬も、ホルモンバランスも、変化の手順も、全部。れーちゃんの反応ひとつひとつまで計算して」 (……そんなの、ありえない) 「だから、これは僕の責任で、僕の選択なんだよ」 そう言って、凛は俺の髪をそっと撫でる。 指先が、優しすぎて。 その優しさに、心が軋む。 「君を、誰にも渡さないって決めた日から――ずっと、今日を夢見てた」 その声音は、確かに――執着だった。 だがそれは同時に、どうしようもなく真摯な愛情でもあった。 「君を、番にする」 そう言った瞬間、凛の指が俺の腰を引き寄せる。 そして――肉を割って、深く、俺の内側へと侵入してきた。 「っ……!」 身体の奥で弾ける快楽。 今まで知らなかった感覚が、波となって襲いかかる。 唇が震え、首筋に舌が這う。 円を描くように、柔らかく―― そして、そこに。 「っ……!」 微かな痛み。 でも、それすらも甘く感じてしまう。 (……これが、“番”……) アルファとオメガを決して切り離せないものに変える、その証。 拒むことも、逃れることもできない「刻印」。 身体が跳ねた。 抑えきれず、脈動する。 熱い。苦しい。 それなのに、どこかで――安心していた。 「れーちゃん、繋がってるよ。僕と、ちゃんと」 耳元でほどけるような凛の声。 「もう、どこにも行けない」 「……っ……うそだ……そんなの……」 声が震える。 でも、手はもう離せなかった。 身体に力が入らない。 繋がってしまった。 その事実だけで、内側から全てが脈打つ。 もう、誰にも奪われない。 俺自身さえも――俺を凛から、奪えない。 俺は、凛のものになった。 確実に、完全に。 -------------------- 20250831:改稿 リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪ -------------------

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