29 / 35

28 3日目──交合

身体が、熱い。 いや、熱を通り越して、もう別のものに近かった。 溶けるとか、壊れるとか、そういう種類の感覚。 玲央は仰向けに寝かされたまま、かすかに息を漏らした。 首筋には、まだ凛の牙痕のような“番の印”が残っていて、そこからじわじわと体内に、名もない“確定”が沁み込んでいる気がしていた。 凛は言ったのだ。 「君はもう、僕の番だ」と。 その言葉を合図に、すべての境界線は塗り替えられた。 腕の中にいる玲央を、凛は慈しむように抱き寄せていた。 優しすぎる手つきだった。 まるでガラス細工の小動物でも扱うように――けれど、その手の下には、明らかに熱を孕んだ獣が横たわっている。 皮膚が敏感だった。 一触れごとに、思考が白く濁る。 どこを撫でられても、反射のように身体が跳ねた。 「……玲央」 凛の声が低く、喉の奥で鳴る。 まるで呪文のようだった。 その一語だけで、玲央の下腹が、わずかに疼いた。 指先が、額から頬へ、そして唇の端に沿って滑る。 震える唇が、閉じたまま、息をふるわせていた。 「怖がらなくていいよ」 「……怖がって、ない……」 言葉は強がりのはずだった。 けれど凛は、微笑んでいた。 まるで、それすらも可愛いと言わんばかりに。 ふと、唇が触れ合った。 柔らかく、浅く、けれど、逃れられないほど確かなキス。 「熱が、すごい……ね」 呟きながら、凛の手が、玲央の胸元へ滑り込んでいく。 人差し指で、軽く乳首の先をなぞる。 たったそれだけで、玲央は息を飲んだ。 「……っ、そこ……やだ……っ」 口では拒みながら、身体は背を反らしていた。 それはまるで、自ら差し出すような仕草で。 羞恥と戸惑いと、底知れぬ悦びが、胸元で交差している。 「やだ、じゃないよ。気持ちいい、でしょう?」 「……っ……っく……!」 目の端から、透明なものが滲んだ。 熱でも、屈辱でもない。 ただ――あまりにもたくさんの感情が、一度に押し寄せてきたせいだった。 凛は指を止めず、乳首に唇を寄せ、軽く吸った。 舌先が触れ、歯がかすめる。 そのたびに、玲央の身体が小刻みに跳ねる。 下腹が、もう疼いていた。 ひどく、妙な感覚だった。 それは、疼きというには強すぎて。 痛みというには甘すぎた。 「凛……っ、そこ、もう……やめろ……っ……!」 けれど声には力がなかった。 むしろ、その声に反応して凛がさらに深く埋まってくるのが分かって―― 玲央の心は、焦燥と高揚の間で千切れそうだった。 「玲央のここ、もうすっかり……」 耳元で囁かれた声は、もはや意識の輪郭すら壊してしまう。 「自分じゃ気づかない? 僕を……待ってるよ」 恥ずかしさという感情が、もう機能していなかった。 理性は叫んでいた。「違う」「こんなはずじゃない」と。 でも。 身体は……もう、答えを知っていた。 凛が、玲央の太腿を割るように手を差し入れると、そこはすでに―― 熱と湿気で濡れていた。 「……っ……いや、だ……そんなの……っ!」 自分でも、信じられなかった。 何をされたわけでもない。 ただ触れられて、声をかけられて、ほんの少しキスをされたくらい。 なのに、この身体は―― まるでずっと前から、“この瞬間”を準備していたみたいに。 凛の手が、なぞる。 優しく、ねっとりと、確かめるように。 「ほら、ね……玲央の中、もう僕を欲しがってる」 「ちがっ……そんなの……ちがう、から……っ!」 けれど、言葉とは裏腹に、玲央の脚は閉じられなかった。 唇が重なる。 指が沈む。 声が漏れる。 甘く、苦しく、嬉しくて、怖くて―― 身体のすべてが、“生まれ変わる”前夜のようだった。 玲央の呼吸が、ひときわ浅くなる。 空気が熱を帯び、肌が火照り、指の先まで痺れたように鈍く、鋭い。 なのに、その中心――腹の奥――そこだけが、異様なほどに“熱”を孕んでいた。 凛の手が、玲央の脚のあいだから伸びる。 するりと、そこへ触れた指先に、粘りついた液体の感触が広がった。 「……玲央、ここ……濡れてる。こんなに」 声には、驚きも興奮もなかった。 ただ、穏やかな確認だった。 玲央は反論できなかった。 事実を否定しようとするたび、身体がその意志を裏切っていく。 「欲してしまっている」という事実だけが、いやにリアルだった。 凛の手が優しく、しかし執拗に玲央の中心を撫でていく。 粘膜の奥、まだ開ききっていないはずの肉壁を、そっとほぐすように、焦らすように。 「あ……ああ、や、だ……っ、やだ、凛……っ」 震える声が、静寂に揺れた。 でも凛は、何も答えず、ただ指を増やした。 一本、二本、そして三本。 すべてが玲央の奥を撫で、内壁を押し広げ、無理なく“僕の形”を受け入れられるように整えていく。 その間も、玲央の下半身では別の熱が、暴れ回っていた。 尖った欲望が、凛の手によって幾度となく刺激されている。 鈍い快感が、甘く疼くような痛みとなり、背骨を駆け上がっていく。 「……だめ、だめっ、こんなの……っ」 けれど、声とは裏腹に、玲央の身体は限界だった。 凛の指が一閃、そこに触れた瞬間―― 「っああ……ああっ……!」 白濁が飛び、玲央の腹と胸を汚した。 跳ねるように射精した身体が、びくんびくんと余韻の波に晒されている。 凛はそれを見下ろしながら、静かに息を吐いた。 「……ふふ、中だけでいけたね。気持ちよかった?」 玲央は返事ができなかった。 羞恥も、悦楽も、悲鳴も、すべてが混ざりあって、喉が詰まっていた。 「でも……もうちょっと中を準備しようね」 凛は、玲央の内から一度指を抜いた。 そして、代わりに唇を落とす。 粘膜を舐め、ほぐすように吸い、繊細に、しかし熱を秘めてその奥へと侵入していく。 舌先が触れるたび、玲央身体がびくびくと揺れた。 悦びと、戸惑いと、もはやどうすることもできない“渇き”が、玲央の全身を支配していた。 「凛っ、そんな、ところ……きたないっ」 「大丈夫、玲央の身体は、全部綺麗だよ」 そして――凛の唇が離れた。 その目が、玲央を見つめていた。 今までにないほど深い色を帯びて。 穏やかで、けれど本能の奥にある“何か”が、明らかにその目に灯っていた。 凛の指が自らの股間を解いた。 布の奥から現れたそれは、すでに猛り立ち、熱を持ち、露を滲ませていた。 猛々しい雄の象徴がそこにある。 玲央は息を詰める。 けれど、それは恐怖ではなかった。 むしろ――その存在を、無意識のうちに“待っていた”としか言えないほど、身体の奥が疼いていた。 「挿れるよ……玲央」 その一言のあと、凛はゆっくりと、玲央の腰を持ち上げた。 脚が開かれ、股が押し上げられ、濡れた中心が、彼のものへと重ねられていく。 亀頭の先っぽが触れた瞬間、玲央の喉から浅い声が漏れた。 「ひっ……く、あっ……!」 たったそれだけで、息が詰まる。 なのに凛は、急がなかった。 腰を落としながら、少しずつ、少しずつ、玲央の中へと己を埋めていく。 ゆっくりと、丁寧に。 まるで壊さないように、けれど確実に。 奥の奥へ、奥のもっと奥へと―― 侵入していくたびに、玲央の身体が震え、背が仰け反った。 「すごい……玲央の中……絡みついてくる……」 低く囁かれた凛の声に、玲央は呻くように答えた。 「……っは、やだ……そんなこと、言うな……っ」 でも、もう逃げ場はなかった。 凛の熱が、すべてを塞ぐように、玲央の奥を満たしていた。 そこから先はもう、“戻れない”という確信だけがあった。 「……ああ、ダメだ……」 凛が、息を荒くする。 その目が潤んでいた。 理性の境界が崩れた、獣のような瞳―― 「……玲央の匂い……」 その瞬間だった。 凛の身体から、異様な熱が放たれた。 彼の番フェロモンが、空気中に満ちる。 玲央が無意識に発していた“それ”に、凛が呼応していた。 「もう我慢できない……!」 凛の腰が、静かに――だが確かな勢いで、動き始めた。 最初は、音すら立たない。 押し出すように、深く、確実に。 玲央の奥の奥、その一番深い場所に、自分の形を刻み込むように。 その動きには、もはや理性の残り香すらなかった。 ぬるり、と濡れた音が、肌と肌の隙間からこぼれる。 空気の密度が変わる。 甘ったるい、けれどどこか鉄のような匂いが、室内を満たし始める。 凛の“番”としてのフェロモンが、今まさに開き切った玲央の身体に反応している。 空間そのものが、2人だけのものに変質していく感覚。 逃げ場は、とうの昔に消えていた。 玲央の喉から漏れた声が、震えていた。 「あ……あぁ、や……ばい……っ、深……い、の、に……っ」 腰を引かれ、突き上げられるたび、身体の芯が焼けるようだった。 自分の中に存在する“受け入れる器官”が、こんなにも敏感で、凛の動きひとつに反応してしまうなんて―― 想像もしていなかった。 (違う、違う……これは俺の身体じゃ……ない……っ) 思考は散り散りで、ただ快感に抗おうとする意志だけが、ぼんやりと浮かんでいた。 でも、その意志を打ち砕くように――凛が、深く突き上げる。 「は……っああっ……っ!」 破裂するような声が、喉から零れる。 どこをどう突かれているのか、自分でも分からない。 ただ、全身が痺れ、意識の奥が焼けるように白く染まっていく。 「玲央、すごい……吸い込んでくる……奥、絡んで……離してくれない」 凛の声もまた、震えていた。 かつての落ち着きや丁寧さは、もうない。 番としての本能に塗りつぶされ、今はただ、玲央を征服し、貫き、満たそうとする獣のような男に変わっていた。 腰が打ちつけられる音が、徐々に強く、速くなる。 ぬちゅ、ずちゅ、と艶めいた音が、静かな夜を淫らに濡らしていく。 凛は、玲央の手を取り、頭上で絡めた。 そして、もう片方の手で玲央の脚を抱き、より深く、自分のすべてを突き立ててくる。 「や、だっ……これ、だめ、こんなの……っ、イく……イく……!」 「いいよ……玲央、イって……何度でも」 熱い声が、耳元に押し寄せる。 その声に、玲央の内側が跳ねる。 凛の声だけで、身体がもう、絶頂を覚えてしまっている。 「玲央……番になって、くれて、ありがとう……」 その一言と共に――凛が、腰を一気に打ち下ろした。 ズン、と深いところでぶつかった感触。 それに続くように、玲央の奥が収縮し、凛のそれを締めつける。 その瞬間、玲央の身体が大きく跳ねた。 「っあああ……ぁ……!」 声が、絶叫にも似ていた。 全身の筋肉が震え、腹の底からもう一度――玲央は、白濁を吐き出した。 絶頂。 けれど、それは単なる肉体的なそれではなかった。 心も、記憶も、感情も、すべてがぐちゃぐちゃに混ざって―― ただ、凛に支配される“快楽の果て”にあった。 そしてその最中、凛の身体にも、明らかな変化があった。 「っ……玲央、だめ……もう……出る……!」 荒く息を吐きながら、凛が玲央の腰を引き寄せる。 さらに奥へ、限界を越えて沈み込むように、すべてを埋めて―― 「――ッ!」 凛が、深く絶頂を迎える。 熱が流れ込む。 玲央の奥、その膨張した器官の奥に、凛の種が注ぎ込まれていくのが分かった。 熱くて、濃くて、逃れられないほどの重さと温度。 (……出てる……っ) 玲央の意識が、白く遠のいていく。 でも、最後の理性だけが、しっかりと刻んでいた。 ――今、自分は、番にされたのだと。 ――この人のすべてを、もう拒むことはできないのだと。 凛が、玲央の髪を撫でた。 「ね……玲央。これで、もう、君はどこにも行けないね」 唇が、玲央のまぶたに、頬に、首筋に、額に、静かに触れていく。 「僕のにおいに反応して、僕の中でしか落ち着けない……そんな体に、なってくれた」 耳元に囁かれるその声は、優しさと、狂気と、祝福が混ざり合っていた。 「僕の玲央……。ずっと、ずっと一緒だよ」 その囁きが、最後の意識を包むように―― 玲央は、完全に、凛のものになった。

ともだちにシェアしよう!