9 / 139

 なんだか重そうに見える扉を、北條さんが開けてくれる。中に入ると、柔らかい照明と、絨毯。なんだろう、美術館とかみたいだ。  すごく静かで、飾られてる花や絵が綺麗で、ドキドキしてしまう。  ――絶対この店、この人が居なかったら、入ってからもどうしていいか分からないよなぁ。と苦笑してると、迎えてくれた店員さんに、北條さんが話しかける。 「今日は個室がいいんだけど、空いてますか?」  ドキドキしながらただ立ってるオレ。  ――んー。服装だけでも、オレ、かなり場違いだなぁと、今更なことに気付く。 「ご案内します」  にっこりと微笑む店員さんは、奥に案内してくれた。そこは完全に個室で、二人きり。二人で使うには広すぎると思うくらいの部屋だった。 「肉と魚、どっちが好き?」  不意にそう聞かれて、「どっちも好きです」と答えると、ん、と微笑んで。 「――じゃあ両方。全体的に食べやすそうなものを」 「かしこまりました」  優雅に微笑んで、店員さんは出て行った。オレが密かに、ふー、と息をついていると。 「緊張しなくていいよ。もうここから二人だし。好きに食べてくれていいから」 「――ありがとうございます」  優しい言い方に、ちょっと肩の力が抜ける。椅子に腰かけて、部屋を見回す。壁には絵が飾られていて、テーブルには白いテーブルクロス。綺麗なガラスに飾られた花が、とても綺麗。  テーブルの上に、丁寧にたたまれたナプキン。 「――なんかこれ、芸術作品みたいですね」 「ん? ああ、ナプキン? 確かに。そうだね」  嫌味じゃなく、ふ、と微笑んで北條さんは頷いてくれる。あほなこと言っても、馬鹿にもしないんだなぁ。  やっぱり、αっぽくはない。これがトリプルSかぁ……。 「あ。お話って、何ですか?」 「ん。そうだね……何から話そうかな」 「――はい」  少し考えから、北條さんは、オレをまっすぐに見つめた。 「これだけ先に聞いておきたいんだけど……あ、その前に、名前、りんたくんって、どんな字?」 「凛としてる、に、太いって書きます」 「凛太くんか。良い名前だね。凛とするって字は綺麗だけど、太がつくと、可愛いし」  ふふ、と笑われて、「ありがとうございます」と笑ってしまう。可愛いって初めて言われたかも。 「凛太くんさ――戸籍にバツがつくことについて、どう思う?」 「……離婚とかで、ですか?」 「そう。名前、大事だよね。その戸籍に……ってこと」 「別に……離婚したら、バツがつくのは仕方ないんじゃ……?」  北條さんの質問に答えながらも、何の話だろ? と不思議に思う。

ともだちにシェアしよう!