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17.ごはんの相性
あの出会いからもうすぐ一週間になる。
「こんにちは」
大学が終わって帰ってくると、受付の人に挨拶をしながらマンションに入る。豪華すぎるエレベーターでカードを機械に当てる。ちょっとだけ慣れてきた。部屋の暗証番号はまだ変えてない。教えてもらったのを使ってる。
部屋に入って、ただいま、と口にする。
広すぎて、ちょっとため息が漏れる。
別に嫌とかじゃないんだけど、まだ慣れなくて、自然と息が……。
あの日、瑛士さんの部屋でコーヒーを飲んだ後、オレの住んでたマンションに行って、さしあたって必要なものだけ持ってきた。生活用品と服とパソコンとか、学校の道具とか。
まあ、歩いても行けるので、必要なら帰ればいいだけなんだけど。
とりあえず今のところ変わったのは、ここで暮らし始めた、というだけ。
婚姻届けとかは出してないし、譲渡は辞めてもらったし。
結婚をするには、瑛士さんの家族に、まず会いに行かなくてはいけないみたい。まあ、それはそうだよね。その段取りをとるね、と瑛士さんは言ってた。
話を聞いてる限り……おじいさんと、お父さん、だと思う。おばあさんとお母さんは亡くなってて、兄弟は居ないって言ってたし。――やっぱり、オレの父にも挨拶に行かないといけないんだろうなぁ。オレがΩだって、言ったら……めんどくさそうだけど、でも……瑛士さんが相手なら、許してはくれそうだけど。Ωだって言うのがめんどくさい。
夕暮れ。高層マンションのでっかすぎる窓から見ると、空が広く見えて、夕日が綺麗すぎる。
大学から帰ってきて、とりあえず炊飯器にご飯をセットして三十分くらい経った。
さて。ご飯、作ろうかな。
すごく切れ味の良い包丁で、野菜を切る。木製の綺麗なまな板に、新鮮な人参や大根、青いネギ。瑛士さんが、冷蔵庫と棚に大量の食べ物や調味料を入れてくれた。好きなもの作って食べていいよ、なんて言ってた。こないだ食べさせてくれた料理に使う、調味料とかも並んでるみたいだけど、まだ使ってはない。今度時間がある時、作ろうと思ってる。
かつお節と昆布でとった出汁のいい香りがふわりと漂い始める。いい匂いー。お出汁の香りって、ほんと幸せ。
魚を焼こうとして、ちょっとだけ悩む。一匹にするか二匹にするか。
「……来るのかなぁ?」
実際来てから焼いてもいいんだけど……んー。
煮物に箸を通して、火が通ってるか確かめる。イイ感じ。
まあいいや。二匹焼いちゃえ。焼き網にのせて魚を焼き始める。香ばしい匂い。美味しそう……。
大体にして、ここのマンションの下にあるお店の食材は、めっちゃ高い。普通の時ならあの店には入らないし買わない。いや、買えない。激安スーパーとかでは見ないようなものがたくさん売ってる。
来てすぐに、一枚のクレジットカードを貰った。すぐだよ。すぐ。クレジットカードって発行するのに時間かかると思うのだけど。どんなツテがあれば、すぐオレ名義のカードが……。
常識の範囲内ならいくら使ってもいいよ。月に百万超えそうなら言ってね、とか言われて。
……超えないから。常識って何だっけ……。とオレは呆然。
ちょっと……ううん、大分引くけど。住む世界が違うんだろうなあ、と、納得することにしている。
食費に使うだけなら、今までなら節約してたし、お昼おにぎり作ってたし。一月一万とか、付き合いで外食とかで月ニ万くらいとか。……百万とは……?
ここに来た日に瑛士さんが、ここのキッチンを埋めるために使った金額に、もうめちゃくちゃびっくりした。でも色々なものが元々高いんだよね……。
下のお店で買い物すると高くなっちゃうから、今までのスーパー行こうかなあ? とかも思うんだけど。
でもなんか、お魚とかお肉も、果物とかも、良いものがあって、なんか、美味しいんだよね。うーん。この生活に慣れてしまうと、その後が怖い。と、密かにドキドキしている。
魚がとってもいい匂いになってきた。
みそ汁も煮物も、ちょうどイイ感じ。
できたて豆腐とやらがめちゃくちゃ美味しくて、さっきついついそれを買ってきてしまった。……やばい、これに慣れたらまずい。
そう思いながらも、ついつい買ってしまうのには、ちょっと理由がある。
「ただいまー!」
ドアが開いて、そんな声がした。
あ、また来た。ふ、と笑ってしまう。時計を見ると、ちょうど十九時。
火を止めて、玄関に行こうと思っていたら、もうリビングの扉が開いた。
「ただいま、凛太」
「おかえりなさい」
「まあまだ仕事途中なんだけどさ」
「ですよね――ちょうど十九時ですね」
言いながら笑ってしまう。
初日、瑛士さんがここのキッチンをいっぱいにしてくれたので、夜は、お礼にオレが作りますって言った。昼、こってりコースを食べたから、お腹いっぱい過ぎて。
ご飯とみそ汁と卵焼きと肉じゃがを作った。
――普通に作ったんだけど、お出汁とかもすごく良くて、今までで一番おいしくできたかも。と思っていたら、なんか、瑛士さんが、すげーうまい、と褒めてくれた。
なんか、しょっぱさとか甘さとか固さとか、そういうのが、好きだって。食事の相性がいいんですねってことになったんだけど……。
凛太って、いつも夕飯何時? て聞かれて、大体十九時頃ですねって、話した。学校から早く帰れる時は、作ってそれ位。実習とか居残りがあると延びるけど、とは話したんだけど。
あれから、ちょこちょこと。……ていうか、ほぼ毎日? 瑛士さんがやってくる。
なんなら、朝もやってくる。
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