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55.瑛士さんの周り

 頼んだサンドイッチが運ばれてきたので、いただきまーすと口に頬張ってから、ふと、気になる。 「あのさ、竜。瑛士さんって、皆に怒ってたように見えたの?」 「怒ってはない。笑顔で丁寧に挨拶してた」 「……?」 「――分かんねえだろうけど、α同士でもうっすらとフェロモンは分かるんだよ。怒ってる時に、威圧するために飛ばす奴は居るし。怒りの感情って激しくなるから、やりやすい。分かるか?」 「うん。なんとなく」 「――怒ってる訳じゃなくて、冷静で笑顔なのに、ピリピリくるの。なかなかやられたこと無い。ぴりって、肌が痛いというか」 「ふぅん……瑛士さん、怒ってはなかったの?」 「怒ってたようには見えてない」 「そっか」 「怒ってないから余計ヤバいんだけどな?」  ……そうなんだ。ふーん、と思いながら、サンドイッチを頬張る。 「――あのね、オレ、αの威圧って、Ωを好きにしたい時に使うものかと思ってた」 「まあ、それで使うクソ野郎が一定数居るのは確かだけどな」 「動けなくなっちゃうんでしょ?」 「――らしいけど」 「α同士でも使うことあるんだね」 「――あの人のあれは……お前の為だよな」 「え」  ――オレの為? 「それ以外ないだろ、あの人があそこであんなことする理由。悪口みたいなの聞いてたなら、余計その為だな」 「……そっか」  そうなのか。としばらく考えてから。 「なんかね、竜」 「ん」 「――結婚したいなんてかけらも思ってないけど。だって、オレ、そもそも結婚願望ないし……でも、瑛士さんて、優しいんだよね」 「――」 「なんか、近くにいると、安心するっていうか……まあ、多分、皆にとってそういう人なんだと思うんだけど」  オレの言葉に、竜はしばらく黙ってて、それから、苦笑した。 「皆にとって、ではねーよ」 「え?」 「あの人、αってこと抜いても、緊張すると思う。ルックスも、肩書とか家柄とかそういうのも全部」 「――」 「一緒に居て安心する、なんて、言う人、居るのか? って感じだけど、オレにとっては」 「――そうなの??」  最初に会った時から、なんか――そんな感じだったけど。  じゃなかったら、ついてって、あんな話も聞かなかったし、受け入れたりしなかった。  「α」が好きじゃなくて警戒心しかないオレが、会ったその日に、マンションについてっちゃうとか。よく考えたら、意味が分からない。 「凛太って、肩書とかどうでもよさそうだし、むしろαなんて嫌いだもんな。でも普通は――αってだけで、上に見られるし、自分もそうだって思ってるαもたくさん居るんだよな」 「――うん」 「αの特権階級だっつー意識は、下の奴に何をしたって良いってことに繋がる奴らも居るから。そういうαに囲まれて、CEOなんてやってんの、大変だろうって勝手に推測する。だって若いじゃん、あの人。妖怪みたいなじじいのαたちもいると思うし、会社の上の方には」 「……そっか。そうだね。大変だよね、きっと」  ……だから瑛士さん、眠れない、とか。あるのかな。  平気に見せかけて――自分でもそう思ってるけど、無意識に、色々大変なのかも……? 「そういう油断できない相手が居るかと思えば、契約結婚したいって思うほど、そういう意味で迫ってくる奴らがたくさん居て――とかなると大変だよな。βとかから見たって、あの家柄と肩書とルックスのαは、上の立場の人って見られるだろうし」 「……うん」  そう言われると、なんか、瑛士さんの周りって、結構大変なのだろうかと、想像できてくる。 「だから、凛太みたいに、αのフェロモンにも左右されなくて、肩書とか全く気にしてなくて、α同士でもないし、上下とかあんまり関係なさそうな奴――って、特殊だよな」 「――そう言われると、特殊かも……って思うけど」 「オレがお前といるのも、なんか、珍しい生き物だからだし」 「生き物ってなんだよー」 「面白いっつーか?」 「――むむむ」 「それでいて、Ωのくせに、医者になるとか、Ωのために薬作るとか、すげー頑張ってるから――オレが、応援してやりたいって思った他人なんて、お前くらいだし」 「――え」  おお。なんか、すごく珍しいこと言われた。 「褒めた??」 「――まあ」  言ってから照れたのか、竜はバクバク食べ始めた。 「Ωのくせに、とか言っちゃうのが竜らしいけど……」  クスクス笑いながら、オレも食べながら。 「……ありがと、竜」 「――だから、多分、瑛士さんも、そんな感じなんじゃねえかなって、思う」 「……ん」 「ただ、あれだと思う」 「何?」 「αって性質的に、Ωを囲いたいというか――自分のだけにしたい、みたいなのが本能に組み込まれてる気がしてて。執着が強い奴、多いだろ」 「ん」 「αのランクが上がるほど、そういうのも強いって思ってる。どんな意味でも――あんまり一緒に居ると、執着されると思うから。距離を置くのもありかもなって、お前に言っとこうと思った」 「……なるほど……」  ふむふむ……。なるほど。 「ありがと。なんか……いろいろ分かったし、考える要素になることいっぱい聞いた気がする。オレ、Ωがもつ気持ちとかは、よく聞くけど――α側のは、あんまり考えてきてないから……どっちも考えないと、だめだよね。医者になるなら関わるだろうし」 「――お前はΩ側の立場で助ければいいと思うけど――知ってるに越したことはないかもな」 「うん。そだね――ねー竜、このまま、飲みに行かない? オレ、ちょっと行きたい和食の居酒屋があってさ」 「――本読みたいけど」 「だから、時間までここで本読んで、飲み屋さん開いたら行こうよ。瑛士さんに作ってあげたいおいしそうなメニューを見つけたんだよねぇ」  ふふ、と笑うと。 「――お前も執着しない方がいいぞ」 「え、別に。ただ、なんかおいしいって食べてくれるからさ。あと、なんかそのお店、しめにだしてるおにぎりが、めっちゃおいしそうだったの。食べてみたい」 「――これ、食べたら、お前の本貸して。ここで読む」 「あ、うん」  ふふ、と笑いながら、頷いた。

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