62 / 139
57.心配かけて
マンションの前。タクシーを止めてもらう。
先に竜が降りて、オレを覗き込む。「降りれるか?」と言われて、「うん」と頷いて車を降りた。
「……っと」
ちょっとふらつく。
「お前、ほんといい加減にしろよ……」
はー、と竜はため息。腕を掴まれたまま、呆れたように言われて、ごめん、と謝る。
「運転手さん、送って戻ってくるんで、待っててもらえますか?」
「待機で別料金が発生しますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。十分位、行ってきます」
竜がオレを掴んで支えたまま、タクシーの中に向かって話しているのを聞きながら、そういえば瑛士さん、今から帰るって――と思った瞬間。ほんとに瑛士さんが現れた。スーツ姿。目立つ。瑛士さんの周りだけ、切り取られているみたいな気がする。
「あ。おかえりなさい」
「ただいま、凛太」
「え」
オレのセリフと瑛士さんの声に、竜が振り返った。瑛士さんは「こんばんは、竜くん」と、にっこり笑った。
「――どうも。こんばんは」
挨拶してから、竜がオレをちらっと見やる。そういえば、さっきなにか試すって言ってたような……?
「凛太、歩ける?」
竜が、掴んだままだったオレの手を少し引いた時。わ、とよろけたオレは。
――あれ?
気づいたら、瑛士さんに支えられていた。あれれ、いまどうなった??
「危ないよ、凛太」
「あ……すみません」
謝ったオレに、ニコ、と笑う。オレの肩を抱いて支えたまま、瑛士さんは竜に顔を向けた。
「ありがと、竜くん。凛太、預かるね。あ、タクシー代」
そう言って、オレを片手で支え直して多分財布を取ろうとした瑛士さんに、竜はにっこり笑って「大丈夫です。オレ、このまま乗って帰るので」とはっきり答えた。絶対受け取らなさそうだと思ったんだろう、瑛士さんはありがと、と言った。
「竜、ごめんね。お礼作ってくからね」
「明日じゃなくていいぞ?」
「うん。ごめん。ありがと」
竜にそう言ってから、瑛士さんを見上げて、少し離れる。
「すみません、瑛士さん、大丈夫です」
支えられてるのもなんか情けないので頑張って立つ。だって一昨日の夜もこんなだったし。いつも、そんな酔うこと無いのに、これじゃいつも酔っ払ってるみたいでちょっと情けない。
「明日大学でしょ? そんなに飲まない方がいいよ」
「あ、はい……すみません」
オレが謝ると、すぐ、優しい声で「謝ってほしい訳じゃないよ」と瑛士さんが言う。
「瑛士さん――」
竜が瑛士さんに呼びかけた。
「瑛士さんって呼んでも、良いですか?」
「うん。オレも竜くんって呼んでるし」
「――じゃあ瑛士さん」
竜が、瑛士さんをまっすぐ見つめる。
「――契約、なんですよね?」
その質問に、オレは一瞬首を傾げて竜を見たけど、竜はオレを見ずに瑛士さんを見ていた。その視線を追って、瑛士さんを見上げると。瑛士さんは、オレを見下ろして、ふと微笑んでから、竜に視線を戻した。
「――そうだよ」
「――なら、いいです」
竜は「じゃあな、凛太」とオレに言う。「ごめんね、ありがと」とオレが返すと、「おやすみなさい」と瑛士さんにも言ってから、タクシーに乗り込んだ。タクシーを見送ってから、瑛士さんとオレは、マンションのエントランスに向かった。受付の人たちに挨拶をしながら通り過ぎ、エレベーターに乗り込む。
なんか――ふわっふわするなあ。一応、歩けてはいるからよしとしよう。
飲みすぎ禁止だな。さっきちょっと注意された気がするし。
はわ、とあくびが漏れた。すると、瑛士さんはオレを見て、なんだか不思議な顔をして、微笑んだ。
「ごめんね」
「……? なにが、ですか?」
「――飲みに行くのも、酔ってても、凛太の自由だよね。ごめん」
「――」
……あ、さっきの。注意っぽいのしたの、気にしてる?
謝った後は、少し気まずそうに、エレベーターの階数表示を見ている瑛士さん。
なんだか――胸というか、お腹の奥というか。また痛い。
瑛士さんの袖を、少しだけ引っ張る。ふ、と見下ろされた。
「心配……してくれてるなら、嫌じゃないです」
多分「心配」だよね……明日、大学なんだからって言ってたし。だったら、全然嫌じゃないし。謝ってほしくも無いし。そう思って、瑛士さんに伝えると。
「――心配……もあるけど……」
そこまで言ってから、瑛士さんは、んー……と眉を寄せて、自分の額を片手の指で押さえてちょっと擦ってる。
「――なんというか……」
悩んだ顔のままオレを見つめて。瑛士さんの指が、オレの頬に触れた。
「……熱いね」
くす、と笑った瑛士さんの瞳が、なんだかすごく優しい。
ドキ、と心臓が音を立てて。至近距離の瑛士さんに、どっどっどっ、と。なんか。血液が。暴れてる感……? 何これ。もう。
……綺麗過ぎなんだよ、瑛士さん
もー、と思わず膨らむと、瑛士さんは、きょとんとして、オレを見下ろしてから、ふ、と息をついた。
「うん……心配は、してる」
「じゃあ別に。大丈夫ですよ、謝らなくて。というか、むしろ、心配かけてすみません」
なんだか、瑛士さんは、はー、とため息をつきながら、オレの頭をクシャクシャにした。
「――わ……」
なんなんだ。ぐしゃぐしゃになったし……!
髪を直しながらエレベーターを降りると、とりあえずそれぞれの部屋に別れて、シャワーを浴びることになった。
ホットミルクは、飲むって言うので、じゃあ後でまた、と別れた。
ともだちにシェアしよう!

