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57.心配かけて

 マンションの前。タクシーを止めてもらう。  先に竜が降りて、オレを覗き込む。「降りれるか?」と言われて、「うん」と頷いて車を降りた。 「……っと」  ちょっとふらつく。 「お前、ほんといい加減にしろよ……」  はー、と竜はため息。腕を掴まれたまま、呆れたように言われて、ごめん、と謝る。 「運転手さん、送って戻ってくるんで、待っててもらえますか?」 「待機で別料金が発生しますが大丈夫ですか?」 「大丈夫です。十分位、行ってきます」  竜がオレを掴んで支えたまま、タクシーの中に向かって話しているのを聞きながら、そういえば瑛士さん、今から帰るって――と思った瞬間。ほんとに瑛士さんが現れた。スーツ姿。目立つ。瑛士さんの周りだけ、切り取られているみたいな気がする。 「あ。おかえりなさい」 「ただいま、凛太」 「え」  オレのセリフと瑛士さんの声に、竜が振り返った。瑛士さんは「こんばんは、竜くん」と、にっこり笑った。 「――どうも。こんばんは」  挨拶してから、竜がオレをちらっと見やる。そういえば、さっきなにか試すって言ってたような……? 「凛太、歩ける?」  竜が、掴んだままだったオレの手を少し引いた時。わ、とよろけたオレは。  ――あれ?  気づいたら、瑛士さんに支えられていた。あれれ、いまどうなった?? 「危ないよ、凛太」 「あ……すみません」  謝ったオレに、ニコ、と笑う。オレの肩を抱いて支えたまま、瑛士さんは竜に顔を向けた。 「ありがと、竜くん。凛太、預かるね。あ、タクシー代」  そう言って、オレを片手で支え直して多分財布を取ろうとした瑛士さんに、竜はにっこり笑って「大丈夫です。オレ、このまま乗って帰るので」とはっきり答えた。絶対受け取らなさそうだと思ったんだろう、瑛士さんはありがと、と言った。 「竜、ごめんね。お礼作ってくからね」 「明日じゃなくていいぞ?」 「うん。ごめん。ありがと」  竜にそう言ってから、瑛士さんを見上げて、少し離れる。 「すみません、瑛士さん、大丈夫です」  支えられてるのもなんか情けないので頑張って立つ。だって一昨日の夜もこんなだったし。いつも、そんな酔うこと無いのに、これじゃいつも酔っ払ってるみたいでちょっと情けない。 「明日大学でしょ? そんなに飲まない方がいいよ」 「あ、はい……すみません」  オレが謝ると、すぐ、優しい声で「謝ってほしい訳じゃないよ」と瑛士さんが言う。 「瑛士さん――」  竜が瑛士さんに呼びかけた。 「瑛士さんって呼んでも、良いですか?」 「うん。オレも竜くんって呼んでるし」 「――じゃあ瑛士さん」  竜が、瑛士さんをまっすぐ見つめる。 「――契約、なんですよね?」  その質問に、オレは一瞬首を傾げて竜を見たけど、竜はオレを見ずに瑛士さんを見ていた。その視線を追って、瑛士さんを見上げると。瑛士さんは、オレを見下ろして、ふと微笑んでから、竜に視線を戻した。 「――そうだよ」 「――なら、いいです」  竜は「じゃあな、凛太」とオレに言う。「ごめんね、ありがと」とオレが返すと、「おやすみなさい」と瑛士さんにも言ってから、タクシーに乗り込んだ。タクシーを見送ってから、瑛士さんとオレは、マンションのエントランスに向かった。受付の人たちに挨拶をしながら通り過ぎ、エレベーターに乗り込む。  なんか――ふわっふわするなあ。一応、歩けてはいるからよしとしよう。  飲みすぎ禁止だな。さっきちょっと注意された気がするし。  はわ、とあくびが漏れた。すると、瑛士さんはオレを見て、なんだか不思議な顔をして、微笑んだ。 「ごめんね」 「……? なにが、ですか?」 「――飲みに行くのも、酔ってても、凛太の自由だよね。ごめん」 「――」  ……あ、さっきの。注意っぽいのしたの、気にしてる?  謝った後は、少し気まずそうに、エレベーターの階数表示を見ている瑛士さん。  なんだか――胸というか、お腹の奥というか。また痛い。  瑛士さんの袖を、少しだけ引っ張る。ふ、と見下ろされた。 「心配……してくれてるなら、嫌じゃないです」  多分「心配」だよね……明日、大学なんだからって言ってたし。だったら、全然嫌じゃないし。謝ってほしくも無いし。そう思って、瑛士さんに伝えると。 「――心配……もあるけど……」  そこまで言ってから、瑛士さんは、んー……と眉を寄せて、自分の額を片手の指で押さえてちょっと擦ってる。 「――なんというか……」  悩んだ顔のままオレを見つめて。瑛士さんの指が、オレの頬に触れた。 「……熱いね」  くす、と笑った瑛士さんの瞳が、なんだかすごく優しい。  ドキ、と心臓が音を立てて。至近距離の瑛士さんに、どっどっどっ、と。なんか。血液が。暴れてる感……? 何これ。もう。  ……綺麗過ぎなんだよ、瑛士さん  もー、と思わず膨らむと、瑛士さんは、きょとんとして、オレを見下ろしてから、ふ、と息をついた。 「うん……心配は、してる」 「じゃあ別に。大丈夫ですよ、謝らなくて。というか、むしろ、心配かけてすみません」  なんだか、瑛士さんは、はー、とため息をつきながら、オレの頭をクシャクシャにした。 「――わ……」  なんなんだ。ぐしゃぐしゃになったし……!  髪を直しながらエレベーターを降りると、とりあえずそれぞれの部屋に別れて、シャワーを浴びることになった。  ホットミルクは、飲むって言うので、じゃあ後でまた、と別れた。

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