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71.雅彦さんと。

 色々思い出しながら考えていて、ふっと止まる。  ……なんかちょっとやっぱり疲れてるかな? 最近たまに感傷的になる。今までなったことのないような気持ち。  泣きたくなるなんて、そうそうなかったのに、おかしいかも。あとなんか胃のあたりも痛くなるし、心音も速い時あるし。  ――水族館。気分転換に良さそう。  一緒に行くのが、ここにいる、αの二人っていうのが、謎。そう思うと、なんだか苦笑してしまうけれど。  お茶を淹れ終わって、二人のところに運んだ。ローテーブルの二人の反対側に自分のお茶を置いて、絨毯の上に座った。  ありがとう、と言って、ゆっくりとお茶に口をつけた雅彦さんは、少しして、「おいしいね」と微笑んだ。  微笑む雅彦さんに、瑛士さんは「凛太が出してくれるものって皆おいしいから」と、なぜか得意そうに言う。そんなに言われちゃうと、ちょっとハードルが上がりすぎるんだけどな、と思っていると。 「――結婚する、と言ったよな」  不意に雅彦さんが言った。間髪いれずに、瑛士さんは「うん」と頷いた。オレはただまっすぐ、瑛士さんを見つめる。瑛士さんは、少しも動じることはなくて、なんだか穏やかに微笑んでる。 「番にはまだなっていないのか?」 「うん、まだ。じいちゃんと父さんと、凛太のお父さんにも話してからでないと」 「――そうか」  それきり、すこし黙る。 「お前がこんなに早く結婚なんて言うとは思わなかった」 「――うん。まあ。そうだよね」  苦笑して、瑛士さんは頷く。  ……早いのかな。二十七って。普通に結婚する人、居そうだけど……瑛士さんみたいな人にはって意味、なのかな? と思いながら。 「凛太くんが医大生の間に結婚するのか?」 「うん」 「――忙しいのも、時間が無いのも知っての上か?」 「知ってる」 「凛太くんは、それでいいのか?」  不意に視線がこちらを向いて、少し緊張。瑛士さんもオレを見つめている。 「はい」  まっすぐ見つめ返して、頷く。 「嘘はつかず、思うことを答えなさい。いいね?」  不意に少し強くなった言葉。じっと見つめられて、ドキ、と緊張しながら、頷いた。 「不安に思うことがあるなら、全部、言ってごらん?」 「……いえ。瑛士さんがいるので……」  そう答えたら、少しだけ目を大きくして、ちら、と瑛士さんを見てから、またオレに視線を戻した。瑛士さんが少し困ったような笑顔なのを目に留めてから、オレは雅彦さんと目を合わせる。 「――瑛士みたいな立場の男と結婚する意味を、君は少しでも、考えた?」 「……はい」 「婚約や結婚のパーティーでもたくさんの人の目にさらされるし、その後も、いろんな目で見られると思う。嫌なこともあるかもしれない。もう少し考えた方が良いんじゃないかな?」  そう言われて、少し俯く。  分かってはいる、と思うけど。バカでかいグループのCEOと結婚の意味。しかもモテモテの人なのにオレみたいなのが急に結婚とか。色んなこと言われそうなのも。  耐えられるれかどうか。  ……契約結婚だから、耐えられるとは思う。誰に、なんと言われたって、本当の結婚じゃないし。そうだよね、みたいな感じで受け止められるよね。  大丈夫だと思います、と言いかけた時。 「オレが守るから」  瑛士さんは雅彦さんにそう言って、まっすぐ見つめた。 「つか、凛太に、命令すんの、やめてくんない?」  少し眉を顰めた瑛士さんに、雅彦さんは、ふ、と笑う。 「――凛太くんには効かないみたいだけどね」 「……みたいだね」  顔を見合わせて笑う二人に、オレは何を命令されたんだろうと首を傾げる。 「凛太、ちょっと特殊なんだよね――αの匂いとか、感じにくいみたい。でも、そういうのも全部可愛くてさ。オレは、全部、守りたい」  瑛士さんがそんな風に言う。  ……瑛士さんて。そういうの、本当にすらすら出るんだなあ。  本当に結婚するなら出るだろうけどこれは契約なのに。上手というか何というか。とにかくすごい。 「……とりあえず、明日、朝来る。また明日話そうか。少し考えてくる」 「ん、了解――ていうか、いいよ。じいちゃんちに迎えに行くから、そのまま行こ」  そんな話で明日のことが決まると、雅彦さんは車を呼んで、帰っていった。雅彦さんが帰ると、瑛士さんはシャワーを浴びに戻るいつもの感じ。  そういえばこないだ、瑛士さんお風呂ゆっくりですよね、て言ったら、筋トレを少ししてから入るからって言ってたので、なるほど。そういう努力で、あの完璧な筋肉はつくられてるのかーと、めちゃくちゃ感動したのだっけ。  バスルームから出ると、ホットミルクを淹れて、瑛士さんを待つ。  瑛士さんのおじいさんは、カッコいいおじいさんで、静かな迫力がある。でも、穏やかに笑う優しい人。  急に涙を流すような。  瑛士さんとの結婚も、冷静に受け止めてくれて――。  オレの素性とか、全然聞かないし。  明日会うから、そこで聞かれるのかな。  ――まあきっと聞かなくても、素性調査とか、あっという間に調べられそうな気もするけど。  なんか……すごく、あったかい人な気がして。  瑛士さん、似てる。  ――――そう思うと、やっぱり、気になることがある。

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