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73.あと七年で。

「そういえばさ、凛太、さっきじいちゃんの命令――効かなかったね」 「あ。さっきもそれ言ってましたけど……雅彦さんの、命令って……?」 「嘘はつかず、思うことを答えなさいっていうやつ。少し強くは感じたでしょ?」 「あ、はい。口調は……」  瑛士さんはクスクス笑いながら、やっぱりなと笑った。 「口調じゃなくて――あれはランクが高いαの使える能力の一つでさ。めったに使わないけど。じいちゃん、不安に思うことがあるなら全部言ってごらんって言ったでしょ。多分、本気で結婚するつもりかどうかを、噓無く聞こうとしたんだろうけど……」 「そう、ですね。瑛士さんのスペック高すぎますもんね。釣り合うかってとこから不安ですよね。モテすぎちゃうし。忙しいし。……なんかそう思うと、瑛士さんと結婚するのって大変なとこもありそうですね……」  うんうん、と頷いてると、瑛士さんは苦笑した。 「――まあ……じいちゃんがそんな力使ってまで聞こうとしたのは……ちょっと理由があるから許してあげてくれる?」  理由? と気になりながらも、でもなんか色々ありそうだもんなぁと、即座に納得で。 「全然。平気です。瑛士さんのおじいさんからしたら、変な人に捕まってないか心配だと思いますし」  うんうん頷いていたら、瑛士さんは「ありがと」と笑う。 「にしても、全部言ってごらん、なんて言うからさ、オレ、契約のことも全部、凛太が言っちゃうかと思って、命令するなよって止めようかと思ったんだけど……凛太は平気な顔で、すぐに、瑛士さんが居るので、とか言ったでしょ」 「……まあ、はい。ちょっと強い口調だったから、緊張はしてましたけど」 「緊張とは違うんだよね。話したくないことも、話してしまうような力だから……効いてないって分かったらちょっとおかしくて。じいちゃんも、そのことはすぐ分かったみたいでさ――凛太は、αのフェロモン全体的に、耐性でもあるのかなあ?」 「んん? どうでしょ……分かんないですねぇ……」 「凛太って、オレと居てもまったく平気でしょ。ふらふら寄ってこないよね」 「ふらふら寄る……?」 「んー……冗談じゃなくてさ。オレの匂いに引き寄せられてくるみたいに近づいてくる子、結構居るんだよね……真昼間でも、職場でももう、フェロモンに引き付けられるみたいな。薬は飲んでるんだけど、たまに忙しすぎてちょっと切れる時間が近づいた時とかね。周りの反応で、あ、やばい。と思って飲みなおしたり」 「瑛士さんって、抑制剤みたいなの結構飲んでますか?」 「うん」 「……副作用とか無いんですよね?」 「αの薬で副作用ってあんまり聞かないよね」  瑛士さんの言葉に、うんうん頷きながら。 「――そこですよねぇ……αの薬は、いいものがあるのに。やっぱり、権力がある人自身がαだからですよね……皆こぞっていい薬、作る……権力ある人の奥さんがΩってことも多いのに、どうして、そっちはなかなか進まないんでしょうね」  むむむ、と口をとがらせて言うと、瑛士さんが頷きながら、オレを見つめる。 「αの奥さんのΩは家にいることが多いし、権力ある人の奥さんは飲まずに休んでいられるから。あまりやっきになっては作らないのかもね」 「ああ……そうですね。でも副作用がある薬がずーっと大手を振って使われてるみたいなのが、もうほんと……」  そこまで言って、はっと気づく。 「あ、すみません、その話じゃなかったですよね。なんでしたっけ……えっと……あ、瑛士さんのフェロモンの話ですね」  それで? と見上げると、瑛士さんは、ふ、と笑う。 「凛太のその感じが、ほんとイイ」 「……その感じ、ってなんですか……?」 「その感じ。そのまま。αのフェロモンに惑わされることもなく、逆にαを恐れることも、従うこともなくて、一生懸命で……なんか、凛太はまっすぐそのまんま」  クスクス笑いながら、瑛士さんはホットミルクを手に取ると、こく、と飲み込んだ。 「おいし」  ふぅ、と冷ましながら、呟く瑛士さん。自然と顔が綻んでしまう。 「――そういえば……瑛士さんが、オレの料理、好きな理由が分かりましたね」 「ん?」 「おばあさんの味だったからなんですね」  だからあんなに、ほっとするって言ってたのか、と、すごく納得。でもそうなると、別にオレの料理が好きだったわけじゃなくて、おばあさんの料理が好きだったんだってことになるかぁ。  まあ、でも、引き継いだってことだから、それはそれで嬉しいって気もするけど……。 「んん……?」    オレの言葉に、瑛士さんは、ちょっと首を傾げた。  ……あれ? オレ、なんかおかしなこと言った? 「――じいちゃんが、凛太の料理で泣いたのは、それが理由だろうけど――オレが凛太のごはんが好きなのは、別にばあちゃんの料理に似てるからじゃないよ。別にオレ、ずーっとばあちゃんの料理食べてた訳じゃないし。母さんの料理は、父さんの好みで、洋風が多かったしね」 「あれ……でも、瑛士さん、ほっとするとか、懐かしいって」 「あぁ、まあ、懐かしいって言った理由はもしかしたら、そこらへんから来てるかもしれないけど」 「……?」  けど、なんだろう。  じっと瑛士さんを見つめていると。 「レシピをコピーして渡すとか、凛太が言った時にも言ったと思うんだけど。凛太が楽しそうに作ってくれてあの味だからおいしいんだよ? ばあちゃんの味、とかは、好きなのにはあんまり関係ないよ。凛太が好きだから、好きって感じね」  まっすぐにオレを見つめながらそんな風に言ってくる瑛士さんに――なんだかついていけずに、かぁ、と熱くなる。  そういえば雅彦さんの前でも――オレのこと、全部可愛いから全部守りたいとか、言ってくれてたっけ。  ……瑛士さんて、本当に、優しくて甘い言葉、すらすら言うなぁ……。  大人ってこういうものなんだろうか……。二十七歳……。オレ、あと七年でこんな風になる可能性……?  うん。ゼロかな。絶対なれないと思う。  

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