95 / 139

90.瑛士さんは?

 それから大水槽のすぐ近くに寄って、しばらくは何も考えずに、ただただ綺麗な光景を、ぼーっと眺める。  優雅に目の前を泳いでいくエイがとても大きくて、びっくり。 「瑛士さん、エイって乗れそうですね……」 「……乗れるかな?」 「ふわふわ飛んでくれそう……」 「……魔法のじゅうたんと勘違いしてる?」 「――そうかも」  二人でクスクス笑いながら、水槽の中に見惚れる。 「凛太、亀だ」 「うわ、でっか……!」 「これこそ乗れるんじゃない?」 「あ、最後におじいちゃんになっちゃうやつですね」 「そうだね」  瑛士さんが、ふ、と目を細めて、楽しげに笑いながら亀を見つめているのを見上げてから、オレも亀に視線を戻す。 「あー……今思ったんですけど……」 「うん?」 「亀に乗っても、海に入ったら、息できないですよね。アレ、よく考えたら不思議ですね」  そういえば今まで不思議に思ったこと無かったけど。イルカにお姉さんが乗ってた時も、お姉さんは顔は出してたなあなんて思ったら……亀は海の中に入ってっちゃうなと、変なことが気になった。  竜宮城の中はなんとなく、空気があるのかなって思ってたけど。って……本当に変なこと考えてるし、瑛士さんにこんな意味分かんないこと言っちゃった、オレ、と思った瞬間。 「ああ……肺活量すごかったとかかな?」 「――――……」  肺活量……? ずっと息とめてたってこと?   ――――ていうかオレの言ったこと自体がおかしいけど、瑛士さんも相当……。 「……っっ」  不意に爆笑してしまいそうで、口を押えて、瑛士さんからも亀からも視線を逸らした。 「あれ? 凛太―? なんか言ってよ」  瑛士さんがクスクス笑いながら、オレの背に手を置く。 「ちょっと恥ずかしいじゃん、何か言ってって」 「――――………っ」  肩に触れられて、くる、と瑛士さんの方を向かされる。困ったみたいな顔を見たら、オレ、もう可笑しくて。  あは、と笑ってしまった。なんとか声だけは堪えて、笑いながら震えていると、瑛士さんも、ふ、と笑い出して――――……二人でクスクス笑い続けてしまった。 ◇ ◇ ◇ ◇  その後、なんとか笑いを収めて、大水槽を満喫してから、水族館の建物を出た。 「観覧車、乗りに行く?」 「あ、はい! 乗りたいです」  少し遠くに見える観覧車に向かって歩き出しながら、眩しい陽の光に目を細めた。そのまま瑛士さんを見上げて目が合うと、またさっきの話を思い出して、ちょっと笑ってしまった。 「……ていうか、瑛士さん、肺活量ってないですよー」 「えー? そんなこと言ったって、あの亀に乗ってる絵に、なんか超能力みたいなのとかが挟まる余地ないし。もう、息止めてたのかなって、軽く浮かんだんだよね」 「もうオレ、あんなに笑うこと、無いって思うくらいでした」 「……楽しそうでよかったけど」 「楽しかったですけど」  ふふ、と笑って即答すると、それは良かった、と瑛士さんに頭を撫でられる。  子供を撫でるみたいな気分なのかな、とふと思うと。  オレはなんだか唐突に聞きたくなって、瑛士さんを見上げた。 「瑛士さんは――オレと居て、楽しいですか?」  そう聞いたら、瑛士さん、ぴた、と歩くのを止めて、オレをまっすぐ見つめてくる。  水槽の青い光を受けた瞳も綺麗だったけど、陽の光の下だと、余計に紫色がキラキラする。何度見ても、綺麗。  その綺麗な綺麗な瞳の上で、少し眉が寄ったと思ったら――ぶにっと両頬をつままれた。 「……っ??」  横に広がった頬に、なすがままに、ただ、瑛士さんを見上げていると、瑛士さんはそんなオレを見て、なんだかとても面白そうに、優しく微笑んだ。

ともだちにシェアしよう!