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96.衝動

 綺麗すぎて、あまり何も考えずに、ただぼーっと夕日を眺めていたら、瑛士さんに、凛太、と呼ばれた。声を出さず隣を見ると、何だかまだ考えてたっぽい瑛士さんの表情が見えた。 「――これ、言っていいか分かんないんだけど……言ってもいい?」 「……? 聞いてもいいなら、聞きますけど」 「言っちゃダメかもって思ってて」 「……んー……」  オレも少し困ってしまうのだけれど、でも、シンプルな答えが浮かぶ。 「オレ的には、瑛士さんが言っちゃ駄目ってことは無い気がするので、瑛士さんが言いたいなら、どうぞ……?」 「――何言ってんのこいつ、て嫌われたら嫌だなぁと、弱気なオレがいてさ」 「……弱気な瑛士さんって、居るんですね」  ついついクスクス笑ってしまった。 「ていうか、嫌うことは無いですよ」 「――んー。じゃあ。言う」 「はい。どうぞ」  なんだか「弱気の瑛士さん」が言いたいことに興味があって、とってもワクワクして待っていると、ぷ、と笑われてしまった。 「そんなに楽しそうに待たれることじゃ無いんだけど」 「何を一体、言ってくれるのかなぁって……ワクワクしてます」 「ワクワクすることじゃないけど……まあいっか。今、オレが、率直に思ってることなんだけど」 「はい」  やっぱりワクワクしながら、瑛士さんを見つめていると。 「……嫌かも。凛太が、誰かと恋するの」 「――――……」  ……ん?? 「……凛太が誰かと恋して、キスしたり、抱き締められたりしてるの。想像したくないなーと……」 「……? そんなの、想像しちゃったんですか??」  一応返事をしながら、ますます首が曲がっていってしまう。 「うん。そうなんだけど……」  やっぱり言わなきゃよかったかな、と呟きながら、瑛士さんが口元にまた手を当てて、んー、と悩んでるっぽい。 「ごめん。オレ、本気で凛太には幸せになってほしいって思ってるんだけど、凛太が、可愛がられてるのは想像したくないなって思って」  オレが可愛がられてるのは、想像したくない……。  ふむ……?  オレも一緒に考え込んでしまう。  二人で、んー、と悩んで少し。  顔を見合わせて、ふ、と笑い合ってしまった。 「ごめんなさい、なんかよく分からなかったです」 「……うん、オレも。ごめん」 「でもあれですよ、瑛士さん。オレ、恋愛って、すごーく遠いところにあるので、よく分かんないけど、想像しなくて大丈夫ですよ?」  そう言ったら、瑛士さんはじっとオレを見て、なんだか小さく首を振る。 「……んー。違うんだよな。大丈夫とか、それで嬉しいとかじゃないんだよね」 「……? そうですか?」 「別にさ、絶対恋しなきゃいけない訳じゃないんだけど……凛太には、好きな人と楽しそうに生きてってほしいなと――思って……」  またそこで、瑛士さんが固まる。 「あの……瑛士さん?」 「――――」 「瑛士さん??」  もう一度呼ぶと、瑛士さん、なんだかちょっとびっくりしたみたいな顔をする。なんでそんな顔……?? 「あの……オレ、一応Ωですけど、フェロモンとかよく分かんないし、竜はオレのを分かるみたいだけど、ほんとお互い全然そんな気もないし。αと番いたいとか思ったこともなければ、それ以外と恋したいとかも無いし。オレ、多分恋しなくても生きていけると思うので……」  だから大丈夫、と言おうかなと思っていると、瑛士さんが。    「――竜くん、か……そっか、竜くんは分かるんだもんね」  そう呟く。 「いや、でも、ほんとにそうなる可能性、一ミリもないですし」 「……凛太、たとえば、こんな夕日バックに、ファーストキスするとしたら、誰か浮かぶ?」 「んん?? え、今ですか?」 「うん。その人、今からここに呼べるとしたら」  何その質問。なんかもう意味が分からな過ぎて、苦笑しながら、少し考えるけれど。 「……オレは、別にしなくてもいいかなぁって思いますけど」 「――オレはさ、凛太」 「はい」 「……凛太が、誰かとそういうのするの……やっぱ、嫌かも」 「――――」 「でも……いい人と楽しく生きてほしいなーってすごく思うし。なんか……オレ、複雑すぎて、分かんないな。……何これ。保護者の心境??」 「うーん……オレ、瑛士さんの子供、みたいな?」 「なんか違うんだけど……」 「分かんないですね……」  ふは、と二人で顔を見合わせて、笑いあってしまってから。ふと。 「まあでも、こんなに綺麗な中で、ファーストキス、ていうのは、素敵だなーとは、思いますよ」 「あ、それは思う?」 「はい。これ思うなら、いつか、しますかね、オレも」 「……うん。そうだね。あるかもね」 「んー……ですね。オレも、だれかと……キスとかするのかなぁ……」  ゆっくりそう口にして、そのまま夕日に視線を向けた。  瑛士さんはファーストキス、子供の時に奪われたって言ってたっけ。はは。可愛い。……オレもいつかは、誰かとするかなあ……?  する気、しないけど。  いつか、誰かと。  ――誰なら。キス。してもいいかなあ……なんて、ぼんやりと考える。  今まで会った人の中には、居ないなぁ。だってそんな気になったこと、ないし――――。そこまで考えて、ふ、と止まる。  瑛士さんなら……できちゃうかも。とか。  考えたら、少し、ドキドキ、する。オレの中の、信頼と好き度が、よく分かんないくらい高いんだよなぁ……って、ダメだ、へんなこと考えちゃ。なんか良く分かんないけど、保護者みたいな視線で可愛がってくれてるみたいだし。  やだな、オレってば。  内心ものすごく狼狽えていると、「凛太?」と優しい声で静かに呼ばれた。ますます狼狽えながら「あ、はい?」と聞き返したら――――。 「ファーストキスさ」 「……」 「――――……オレと、する?」  理解した瞬間、え、と思って、とっさに振り仰ぐと。  綺麗な金色の光に照らされてる瑛士さんの瞳が、まっすぐ見つめてきていた。なんだか――体の奥が、どく、と音を立てて、そのまま、鼓動が、すごくうるさい。 「――ごめん。嘘。嫌だよね」 「……」 「あーごめん。なんか……他の誰かと、凛太がって考えたら、なんかモヤついてきて……」 「……ていうか、瑛士さん、て、オレと……出来るんですか? ……あ、瑛士さんて、もしかして海外に居たとか?? キスは挨拶、みたいな??」  思うままに質問すると、瑛士さんはなんだか少し眉を寄せる。 「挨拶のキスなんか別に誰とでも出来るけど……それとは意味が違うよ」 「……オレと、しても平気なんですか? 嫌じゃないです?」 「嫌な訳ないでしよ。平気とかじゃなくて……つか、凛太が平気じゃないよね。変なこと言って、ごめん」  なんだかすごく困ったような顔をする瑛士さん。  オレの、どくどく。してる心臓が、なんだかすごく――――すごく。  突然の衝動を、呼び起こしていくみたいで……。  少しの間で、頭の中、ものすごくたくさん、考えた。  考えて――目の前の瑛士さんを、じっと見つめた。 「瑛士さんって、キスって、挨拶でもするもの、ですか?」 「……? まあ……そういう時もある、けど」 「……あの……瑛士さん。お願いが、あるんですけど」 「お願い?」 「目、つむっててもらってもいいですか……?」 「――?」 「だめですか?」  じっと見つめると、瑛士さんは不思議そうにしながらも、いいよ、と微笑んで目を閉じてくれた。 「――――……」  ほんのちょっと前まで。  考えもしてなかった、けど。  ――――……。  心臓が、こわれちゃいそうなくらい、ドキドキしてる。  なんだろ。これ。  なんか。  初めて、するキスは。  ……瑛士さんとが、いいって、思ってしまった。  ――――んん。どうやってするんだろ……?  とにかく、とりあえず、近づいて。  長いまつ毛、見つめたまま。  一瞬だけ。  瑛士さんの唇に、キスを、した。 

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