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97.初めて。

 なんかオレってば。  今、結構とんでもないことを、突然してしまったのでは、ないだろうか。  ――あ、でも。  唇が触れるって、こんな感じなんだ。初めて、知った。  柔らかかったな……。  一瞬で離れたのに、感覚が唇に残ってる。  心臓の音がすごい。動きすぎちゃって壊れるかも。  ……って、我ながら、医学部と思えない感想だな……。  そっと離れたオレを、至近距離の瑛士さんが、じっと見つめてくる。  紫色の瞳は、夕陽を吸い込んでるみたいに、なんだかいつもと色が違う。  ――綺麗。  吸い込まれちゃいそう、なんて。そんな漠然としたこと、オレが考えるとか。  ほんと。オレらしくない。  キス、なんて、しちゃって。  ……キス。なんて――――……。 「……あ! ……えっと、あの――すみません、えっと……」  急に、現実に引き戻されて、慌てながらもう少しだけ距離をとって、見つめ返す。でもすぐに、恥ずかしくなって、かぁ、と赤くなって、俯いた。 「……あの――何て言うか……こういうところで、ファーストキス……」 「――――」 「してみたく……なって……」  唇に触れて、なんだかその感覚を、追う。 「一生に一回くらい、そういうこと、するのもいいかな……て。瑛士さんが嫌じゃないって言ってくれたので……つい……すみませ」  謝ろうとしてたオレの唇に人差し指を当てて、瑛士さんは、し、と言って笑う。俯いてたオレは、指が触れた瞬間に、また瑛士さんを見上げて見つめ合ってしまって、今度は、目を離せない。 「謝らなくていいよ」  優しい言葉に、オレは、返事をできないまま、ただただ綺麗な瞳を見つめる。敢えて、唇は、見ない。  なんか、ものすごく、意識してしまっているから。  わぁ……なんか……。  キスなんて、そんな大したことだと思ってなかったのに。  ――――なんか、違うかも。大したこと、なのかも。  わーどうしたら……と内心では、駆けまわって転げまわって、うろたえてるオレに、瑛士さんが静かに話し始めた。 「……なんかさ。こんな触れるだけのキスで……こんな照れるとか……」  瑛士さんは少し苦笑しながら、その大きな手で自分の口元を覆った。そのまま少しの間少し視線が下を向いていたのだけれど―――そのまま、ちらっとオレを見て、視線が合うと、その手を外した。 「……ふふ」  瑛士さんが、なんだか、めちゃくちゃ嬉しそうに目を細めて、ふわ、と笑ったのを、オレはただぽけっと見つめる。 「凛太のファーストキス――貰っちゃった訳だね」  クスクス笑う瑛士さん。 「しかも……一生に一回くらい、してもいいかなって言い方……」  クックッと笑う瑛士さん。  ……とにかくなんだか、とっても楽しそうに見える。 「なんかオレね、凛太。すっごい嬉しいんだけど。凛太の初めてが、オレってこと」 「……嬉しい、ですか?」 「うん。すごく」  くす、と笑った瑛士さんの手が、オレの左頬に触れる。 「凛太が誰かとファーストキスとかするの、すっごい嫌だなって思ったから」  言いながら、瑛士さんの指が、オレの唇に、ふに、と触れた。 「キス――しちゃったね?」  ふ、と……もう、これ以上ないくらい、魅惑的、な感じで、瑛士さんが微笑む。魅惑的なんて、言葉としては知ってるけど、いまいちよく分かんないまま来てたのに、今の瑛士さんのことを指す言葉だよねって、なんか変なことを考える。  ていうか、もう、ドキドキがすごすきで、ごまかしたくて、へんな方に意識を持ってくしかない。頑張ってたオレに、瑛士さんは――。 「かわいーなぁ、もう……」  とんとん、と親指で。  まるで、キス、するみたいに、軽く、触れながら。  目を細めて優しく笑うから。  かぁぁぁっと一気に顔に熱が上がって、一気に、汗、かいた気が。 「わ。真っ赤……」  そんな風に言って、瑛士さんは、よしよし、とオレを撫でる。 「キスしてきた時はそんな真っ赤じゃなかったのに……後からそんな、なる?」  クスクス笑いながら、からかうように言う瑛士さんの、オレを見る瞳は、キラキラ綺麗すぎて、優しすぎて、なんだか胸がまた痛い。

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