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98.ずっと忘れない

「……ごめん、なさい。オレ、やっぱり、無理だったかも……」  手の甲を口に押し当てて俯くと、むぎゅ、と抱き締められる。 「はは。かわいすぎ、凛太。無理なことなんか無いよ」  とんとん、と背中、優しく叩かれる。 「してみたら、恥ずかしくなっちゃった?」  そんな風に聞かれて、小さく、頷いた。  ――思春期を越えると、キスとかそれ以上とかを早くしたいだのなんだの、そう言う話をする男って、いっぱい居た。それを聞いてて、オレは、ただただ、ふぅん、て思ってた。したいって欲求が無かったからだと思う。  いつも聞きながら、そういうのって人に言うこと? なんて思ったりもして、とにかくいつも、冷めていた。  大体、キスなんて、たかが皮膚と皮膚が触れるだけのものだと思ってたし。  手の皮膚と、唇の皮膚。そんな変わんないじゃん。みたいな。  ファーストキスとかだって……しなくてもいいとか。  むしろ、したって、何かが変わる訳じゃないだろうし、とか。  そもそもそれについてあんまり考えたこともなかったし。  瑛士さんが、ロマンティックなとこでなんて話してた時には、ちょっと考えたけど。  それも、しないだろうなぁ、みたいに思って終わったし。  うーん……。なんか。  ……全然、違うんだな。  皮膚が触れるだけ、とか、絶対、そんなんじゃなかった。  めちゃくちゃ、ドキドキして。  触れた唇の感覚、嫌ってくらい、残ってて。  なんか……瑛士さんと、キスしちゃったのが、  ほんと――嬉しいし、恥ずかしいし、苦しい。  特別なことを、してしまった気がする。  ――こんな感じだから、皆、キスとか、したいのか。  特別感が、すごいから……?  ただ皮膚が触れるっていう、事実。事実としては、それだけなのに。  心の中が、うるさすぎる。    キス、ていうものが、どんなものなのか、実感として、分かったというか。  なんかもう、顔、あげたくない。瑛士さんの顔、見れない……。 「――オレ達、超ラブラブの、恋人同士に見えるだろうね」 「えっ」  抱き締められてた腕の中から、ぱっと顔を起こす。  あ。顔あげちゃった。 「だって、こんな夕日の中で、こんなくっついてたら、絶対そうでしょ」 「――っ」  顔を上げたオレを、じっと見つめて、瑛士さんがまた頬に触れる。 「夕焼けもあるから余計赤く見えるのかな……」  すり、と頬をなぞって、瑛士さんが微笑む。  うぅ。絶対違う。オレが赤いんだと思う……。 「――キスしてくれてありがと、凛太」 「いえ……あの……すみま」 「謝らなくていいよ」  笑顔の瑛士さんに遮られて、オレは勝手に出てた謝罪の言葉を飲み込んだ。 「……じゃあ……ありがとう、ございます……」  汗が吹き出しそうな気持ちでそう言うと、瑛士さんは、また笑う。 「凛太がお礼言うのも変な気がするけど」 「でも……嫌がらないでくれて……」 「嫌がるわけ、ないでしょ。つか、なんか――オレ、初めてキスしたみたいだな。なんかものすごいドキドキするし、嬉しいかも」 「――――」  ……そんな風に言ってくれちゃうんだもんなぁ。  キスなんて、挨拶みたいにできそうなこと言ってたのに。そんな風に言って、すぐ、オレみたいな奴をも、ウキウキ嬉しくさせてくれる。  ……すごいなぁ、瑛士さんは。  心底感心してしまいながら、オレも、ようやく、ふふ、と顔が綻んだ。 「なんか……オレ、今日のこと、ずっと覚えてる気がします」  優しい笑顔の瑛士さんを見つめて、思うままにそう言うと、瑛士さんは黙ったままオレを見つめて、それから、にっこり笑った。 「オレも。そうだと思う」  ――――瑛士さんは、きっと色々な思い出とか経験、あるだろうし。  一瞬だけのオレのキスなんか、ずっと覚えてるとかは無さそう、と一瞬浮かんだけど。  でも、そんな風に言ってくれる、瑛士さんの優しいとこも含めて。  オレは絶対、忘れないだろうなぁと、しみじみ思いながら。  暮れてゆく夕日を、じっと、見つめていた。

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