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107.誕生石
「瑛士さま、もうひとつは、こちらです」
「ありがとうございます――もう少しだけ、ここに居てもいいですか」
「かしこまりました」
瑛士さんの言葉に頷いて、店員さんは微笑むと、部屋を出て行った。
静かになった、高級感溢れる部屋。オレは思わず、ふぅ、と息をついた。
すると、瑛士さんは、クスッと笑ってオレを見た。
「ここ、緊張する?」
「……逆に瑛士さんは、全然しないんですか?」
「んーどうだろね。少しちゃんとしなきゃとは思うけど」
優しい言い方で答えてくれているけど。全然緊張はしてないんだろうなぁ。って、もう、きっとこういう雰囲気も日常なんだろうな。そういえばあのマンションだって、エントランスから部屋に入るまでの内装は、オレにとったら、高級ホテルみたいに見えるもんね。
なんて考えてたら、瑛士さんがオレをちょっと覗きこんでから、置いてある箱に手をかけた。
「凛太、これも……できたら、受け取ってほしいんだけど」
「何ですか?」
「待ってね。開けるから」
言いながら瑛士さんが、開いていく箱は、包みだけでもとっても可愛い。なんだろ? チョーカー以外で何か買うって聞いてたっけ……??
「――婚約指輪、なんだけど」
箱に二つ、並んでる。それぞれ、石がふたつずつ、キラキラしてる。
「つけてもいい?」
「あ、はい……」
思いもよらなかった物に、かなりびっくり。
――でも、そっか。対外的に婚約を見せるなら、こういうのも必要なのか。
する、と左手の薬指にはまった。
指輪がついた指を見て、わぁ、と自然と声が出てしまった。
「オレ、指輪つけるの、初めてです。綺麗ですね」
なんだかウキウキして、そう言ったら、瑛士さんはなんだか、ほっとしたように笑った。
「良かった……気に入ってくれた?」
「はい。ありがとうございます」
「一応、日常に支障が出ないように、石はリングに埋め込んでもらったんだ。だから大きい石とかはつけれなかったけど」
「あ、この方が嬉しいです。すごく素敵ですね。このキラキラの石ってなんですか?」
「凛太のは、ダイヤとアクアマリンだよ」
「アクアマリンってこんな綺麗なんですね。淡い水色……そっか、アクア、水ですよね……マリンて海、かな?」
水色の石を見ながら言うと、瑛士さんが「あたり」と、クスクス笑った。
「アクアもマリンもラテン語で、水と海だって」
「素敵ですね――あ」
「ん?」
ふ、と思いついて、なんだか嬉しくなって、オレは瑛士さんを見つめた。
「今日、この色、いっぱい見ましたね」
「――ああ。水族館?」
すぐ分かってくれて、楽しそうに微笑んでくれるので、はい、と頷く。
ふ、と笑った瑛士さんに、また頭をよしよしされてしまった。
「かわい、凛太」
またキラキラの笑顔が至近距離にある。惜しみない笑顔が、オレの心臓を、ほんとにドキドキさせてくる。
「アクアマリンって凛太の誕生石なんだよ。三月の石。知ってた?」
「誕生石? ……意識してないかもです」
「まぁ宝石つけようって思わないと意識しないかもね」
「瑛士さんの誕生石は、何なんですか?」
「ん――指輪、つけてくれる? 凛太」
「え。あ……はい」
途端に緊張しながら、綺麗な箱から瑛士さんの指輪を取り出す。落とさないように、おそるおそる。
小さくて、繊細で。ドキドキしてしまう。
瑛士さんの左手を取って、薬指に指輪を通す。
――瑛士さんの手。指長くて、綺麗なのに男っぽくて。
指先までカッコいい人だなぁ……なんて感心しながら、奥まではめた。
「アクアマリンは、幸福とか聡明、沈着が石言葉なんだよね。凛太にぴったりじゃない?」
「……オレ、聡明ですか? 沈着?」
ちょっと笑ってしまうと、瑛士さんは、ふ、と微笑む。
「意外と落ち着いてるしね」
「意外とって言っちゃってますけど」
クスクス笑ってしまうと、瑛士さんも、優しく微笑んで、オレを見つめる。
「凛太は幸福になってほしいから。つけてると良いことあるかもしれないし」
しみじみ言われると、なんだかとても嬉しくなってしまう。
「オレの石はね、パープルのトルマリンにしたんだよ」
「トルマリンも、海ですか?」
「そう思ったら、残念ながら意味は違くてさ。スリランカの言葉でトラマリニから来てるって。混合宝石って意味らしいよ」
「へええ……面白いですね。どんな石言葉ですか?」
「直感とか創造力、あとは……冷静だったかな」
ほうほう、と頷いて、そうなんだと考える。
直感とか冷静とか瑛士さんっぽい。でも直感だけじゃなくて、創造してく力も、ありそう。
「それこそ、瑛士さんにぴったりですね。それに、その紫、瑛士さんの瞳とおなじで、すごく綺麗です」
そう言うと、瑛士さんは嬉しそうに笑って指輪を見つめてから、オレに視線を向けた。
「なんか、凛太が喜んでくれそうだから、これにしたんだよね。ほんとは自分の瞳の色とか、やめようかと思ったんだけど……」
苦笑しながら言う瑛士さんに、ぷるぷるぷるっと首を横に振った。
「絶対、紫でいいと思います。綺麗」
「なら良かった」
ふ、と笑う瑛士さん。
「婚約指輪って、瑛士さんもつけるんですね」
「うん。オレのはまあ、対外的に。だけど」
「ですよね」
「でもそれはおいといて、凛太とお揃い、つけたかっただけかも」
「――」
そんな言葉に、ふと瑛士さんを見つめ返すと。
ふ、と優しく微笑む瞳に、なんだか体の奥が、ぽ、とあったかくなる。
「……?」
――――なんか、今まで生きてきて、あんまりない感覚。
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