114 / 139
108.突然の
「凛太、ついたよ」
「あ。はい」
「大丈夫? ぼーっとしてる。眠い?」
「大丈夫です」
チョーカーと指輪をつけたまま宝石店を出て、瑛士さんの車でマンションにたどり着いた。
眠くも具合悪くもないんだけど。
なんだか、さっきから、少しだけおかしいような気がする。
さっき、体の奥の方で、熱くなって――なんか、そのまま、ぽ、ぽ、と温かい。歩いていても、なんだか足元もふわふわしてる感覚。
エレベーターを降りて、お互いの部屋の前で、ちょっと顔を見合わせた。
「凛太、シャワー浴びたらそっち、行っていい?」
「あ、はい。ホットミルク、飲みますか?」
「うん。あ、ちょっと仕事の電話してからいくね」
「何時でもいいですよ」
そう言って、瑛士さんの笑顔を最後に見て、部屋に入ってきた。
「――んん……」
なんだろ。なんか……胸なのか、お腹なのか、熱っぽいような気がして、自分の手で、なんとなくその辺りを撫でてみる。結局よく分からないままで、ふぅ、と息をついた。
お風呂、はいろ。
バスルームで体を洗っている時、ふと首元のチョーカーに触れた。
あとで、外し方、設定しないと。
本人とパートナーのスマホで解除出来たり、心拍とかの異常がパートナーに共有出来たりってすごいなぁ……。
つけたばかりだから、違和感はちょっとあるけど。
くれた時の瑛士さんの笑顔が、ふと浮かぶから、全然嫌ではない。むしろ、なんか、とても嬉しいような気がする。
と。
その時。不意に、だった。
体の奥で、熱をもってたものが、急に燃え上がっていくのが分かる。
「あ……っ」
鏡に手をついて、ぎゅ、と握る。
……これ――ヒート、か……。どうりで、なんか、変だと思った。
脈が速い。頭がますますぼうっとする。熱っぽい。
シャワーで分からないけど、汗がにじんできていると思う。
体の奥の方が疼き始める。
肌に触れている湯さえ、なんだかくすぐったく感じる。
「……やば……」
明日は日曜だから……月曜から少し、学校休まないと。
竜に連絡、しないと。
――瑛士さんにも、来ないでって、言わないと。
なんか……すごく、体が熱い。
早く抑制剤、飲まないと。
思うけれど、急激に上がった体の熱が抑えきれない。反応して固くなった自分のそれに、こらえきれず触れる。
「……っ」
普段、あまりそういう欲は無い。淡白すぎるほどだと思うのに、ヒートの時だけはこらえきれない。
浅ましい気がして……そもそも、こういう感覚には、いいイメージが無い。理性の働かない、欲のみの――まるで動物みたいな感覚が、自分の中にあるのが怖い。
じわ、と涙が滲む。
いくら他のΩの人達よりは、かなり楽だと分かっていても――この瞬間は、やっぱり自分がΩだという事実が、嫌いだ。
「……ふ……っ……」
鏡に片手をかけて体重を支えて、俯いたまま自身に触れて……。
ぽた、と涙が零れ落ちてすぐに、シャワーで流れていく。
達した白濁した液体も即座に流れ去って――――。
は、と長い息を吐く。
バスタオルで体を拭いて、Tシャツと下着だけ。
もうどうせズボンとかはいてもしょうがないし。
――三日。
三日だけ、耐えれば、終わる。そしたらまたしばらくいつも通り。
大したことじゃない。と、きゅ、と唇を噛みしめた。
バスルームを出て、すぐに薬を飲みこんだ。
竜に「二、三日休むね」と送ってから、瑛士さんの画面を開いた。
「急にヒートが始まっちゃったので、少しの間、来ないでください。すみません」
これで分かってくれるだろうと思って、特に返事は待たず、スマホをテーブルに置いた。
水のペットボトルとゼリー飲料をいくつか抱える。
ヒートの時の食事は面倒で、いつもこれですませてる。
もう……ほんと急だな。
前回はいつだっけ、と思い起こしてみると、なんだか……三ヶ月よりも、少し早い気がする。
なるべく周期を遅らせる薬とか……ヒートを弱める薬。絶対作ろ……。
はぁ、と熱い息が零れる。
もー……ほんと、いやだけど……仕方ない。がんばろう。
一応スマホも持って、寝室に向かうことにする。
リビングの電気を消すと、熱を持て余しながら、息を吐いた。
ともだちにシェアしよう!

