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109.おひさま

 色々抱えて、寝室に向かおうとした時。スマホが震動。見ると、画面には瑛士さんの名前。 「もしもし」  呼吸が荒いのを悟られないように、息を顰めながら返事をした。 「凛太、大丈夫?」  ちょっと焦ってる感じが、声に出てる。ああ、なんか……瑛士さんだぁ、とほっとしつつ、少しだけ口元が綻んだ。 「大丈夫です。ちょっと三日くらい、引きこもれば、大丈夫なので」 「三日……」 「短い方だし、軽い方だとも思うので、大丈夫です。すみません、ホットミルクも……ちょっとの間だけ、瑛士さん、作ってみてもらえますか……?」  そう言うと、瑛士さんは、ふ、と笑った。 「ヒートの時に、そんなこと考えてくれなくていいよ」  ほんとにもう、と、瑛士さんは呟く。 「凛太、オレ、そっちに行っていい?」 「え?」 「――側にいてあげたい」  優しい声に、とく、と胸がまた速く動き始める。一緒に締め付けられるみたいに痛くも感じて、それから――。 「……ッ」  不意に、ゾクリと快感が走る。やばい。なんか。  ――今日、ちょっと……いままでで、一番、熱いかも……。 「瑛士さん、あの……オレ、普段、全然Ωっぽくないんですけど……一応Ωなので」  瑛士さんは、ん、と頷くだけで何も言わない。  とりあえず最後まで話してしまおうと思って、言葉を続ける。 「Ωのヒートがどうなるか、知ってると思うんですけど……オレのは弱すぎて、瑛士さんには効かないかもしれないけど……でも、やっぱりこの期間は、一人で居たいので」 「凛太……フェロモンが効かないならそれでいいし、オレも強い抑制剤うっていくから」  優しい声が、ふわふわと耳に入ってくる。  なんか――瑛士さんの声、電話で聞いてるの、良くない気がする。 「フェロモンは弱くても、ヒートなので。理性とか、ほんとおかしくなって――自分が別人みたいで、嫌なんです。見せたく、ないです……ごめんなさい」 「凛太……でも」 「三日たったら元通りなので……またその時」  そう言って、オレは瑛士さんとの通話を切った。瑛士さんの好意だと思うので、なんだかとっても申し訳ない気分になるけれど、でも、これはもうしょうがない。  スマホを切るとき、指輪が目に留まって、これは外しておこうと思った。  絶対、体に触るから……せっかくとっても綺麗なのに、汚れてしまうような気がする。 「熱っつ……」  ふ、と吐いた息を止めて、そのまま急いで、持ってたものを寝室に運んで、全部枕元に投げた。  指輪を外そうとした時、ふと、さっきリビングに置いた、紙袋の中の指輪のケースを思い出した。  あれに入れとこ……。なくしたら、やだし。  息が熱い。弾む。くらり、と熱と、滲む涙でぼんやりとする視界。  心臓がドキンドキンと音を立てていて。  熱い。だるい……何これ、ひどいな……。  下半身、熱持ってて――中、なんか、疼く。はー……やば。  その場で力が抜けてきて、寄りかかった壁に背をついた。  そのまま天井を見上げて目をつむる。  三日。ひどいのは、二日弱のはず。……頑張れ、オレ。  思いながらも、どんどん体が熱くなって、力が抜けてく。  くた、と体が倒れかけて。仕方なく、そのまま、手をついて、廊下の床に寝転んだ。  とりあえず、さっき飲んだ抑制剤が効くまで、もうここでいいや。  完全に横になると、フローリングが冷たくて、気持ちいい。   さっき飲んだ抑制剤は、少し眠くなる成分も入ってる。  眠れたら、それで少し時間が経過してくれるかも。淡い期待を抱きながら、目を閉じた。すぐに、うとうとして。何も考えられなくなった。 「……りんた……?」  優しい手が、体に触れた気がした。  優しい声に、呼ばれたような。 「……寝てるだけ?」  頬に触れる手。ゆっくり瞳を開けると、そこには。 「えい、じさ……」 「――ごめん、やっぱり放っておけない。とりあえずベッドに運ぶね」  腕を引かれて、そのまま、瑛士さんの腕の中。  抱き上げられて――運んでくれてるのが、分かる。 「ちゃんと抑制剤は飲んできたから」  優しい、声。 「えい、じさん……」 「ん。大丈夫だよ。一人にしないから」  瑛士さんて。  笑った顔、おひさまみたいに見えるし。  ――――おひさまみたいな、匂いが、する。  なんだか、辛いのが、少し和らいだ気がする。

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