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110.はちみつみたい

「廊下に倒れてるからびっくりした。眠ってただけでよかったけど……抑制剤、眠くなる成分入ってる?」 「……っは、い」  耳元で囁くの、やめてほしい。  ……というか、瑛士さんが触ってるところが、ぜんぶ、ヤバい。体が、ビクビク震えそうなのを、必死で抑えてる。 「あの、瑛士さん……」 「ん?」 「帰って、ください。あの……触られてるのも、よくない、ので……」  感じちゃいそうで、嫌だ。  そう思ったけど、言い方は変えて――でも伝わると思ったのに。 「――嫌なんだけど」  オレをベッドに降ろして座らせると、瑛士さんはベッドの端に腰かけた。  ――嫌なんだけどって何だろうと困っていると、こっちをまっすぐ見つめてくる。 「凛太が辛いのは――嫌だ。しかも一人で、なんて」 「――」 「オレに任せてくれない?」 「――なにをですか……?」 「凛太の全部」  熱で滲む瞳で瑛士さんを見つめながら、思わず首を傾げてしまう。 「言っとくけど、ヒートを助けてあげたいなんて思ったの、初めてだからね。凛太にしかしないよ」 「……瑛士さん……?」  つ、と胸の真ん中に触れられて。指先が、おなかへとなぞるように下がっていった。びくん、と震えてしまう。 「や……」 「限界っぽいでしょ……チョーカーもしたし、してなくたって、無理矢理に番ったり絶対しない。ただ、ヒートが収まるまで。優しくしてあげたい」 「……っ……」 「来ないでって言われた意味も考えたよ。でも、一人で処理させるとかは嫌だから――もちろん、凛太が嫌なら触らないけど、でも触ることを許してくれたら、楽にしてあげる」 「なんでそんなことまで、してくれようとするんですか……?」  ヒートを抑えるためにαに抱いてもらいたいというΩが、αの性欲の解消とマッチして、そういうことをする人達が、世に居るのは知ってるけど。知ってるけど……瑛士さんは違うと、オレは、もう信じてるみたい。それでも。 「何でって……凛太のことが可愛いから。一人にしたくないから」 「……でもオレ、今までずっと一人で、大丈夫だった、ので……」  瑛士さんの言葉と声が優しくて、なんだか今は、涙が出そうになってくる。  それでも。瑛士さんにそんなこと、頼むなんて、やっぱり出来ない。 「……見られ、たくないんです」 「――なにを?」 「ヒートって……なんか……醜く、ないですか?」 「……醜い?」  言ったオレに、瑛士さん、少し首を傾げて、んー? と少し唇を尖らせる。 「――醜いなんて思ってるの?」 「……なんか……理性、効かないし……」  ふ、と息が零れて、口元を手の甲で覆う。なんか本当に、無理かも。 「っあの、瑛士さん、ごめんなさい、やっぱり帰って……」  言いかけたオレに、不意に動いた瑛士さんで影が出来て――首筋に一瞬、ちゅっとキスされた。 「……ッ……!」  大げさなくらい震える体。そのことで、ますますかぁっと熱くなって、ぎゅっと目を閉じると、たまっていた涙がぽろっと零れ落ちた。でもそれに構っていられなくて、首を振った時。 「Ωのヒートはさ、凛太」  瑛士さんの手がオレの顎を掴んで、上向かせる。 「αに可愛がられるためになるものだから。醜いとかじゃない」 「――――」 「あと……凛太のヒートは、オレが可愛がりたい」  目の前の、綺麗な透き通るみたいな紫色の瞳。  とく、と心臓が揺れると――――また体温が上がるような。体の奥が疼くような。息が乱れそうで、きゅと唇を噛むと、見つめ合う目がまた滲んで、視界がぼやける。  その時。  瑛士さんが不意に、手の甲を自分の口元にあてて、なんだか驚いたみたいな顔をした。何だろうと、不思議に思う一方で、そろそろほんとに出て行ってくれないとまずい、と強く感じる。  瑛士さんが居ると、ヒートがひどくなるような気がするのは。  αが側にいると呼応しちゃうっていう現象なんだろうか。  でも、瑛士さんのフェロモンが分かる訳でもないし。  ……オレのが、瑛士さんに分かる訳でもないし。こんな感じでも、そういうこと、あるんだろうか。   「――試してみよ、凛太」 「……?」  何をだろうと思った時。瑛士さんはオレを引き寄せて、ぎゅ、と抱き締めた。 「――吸ってみて」 「……?」  何をだろうと思いながら、すう、と息を吸った時。  ふわり、と感じる、瑛士さんの匂いが。  さっきよりも強い。 「――――……」  ……いい匂い。  優しくて、暖かくて。瑛士さんの、言葉とか笑顔とか、そういうのが、そのまま、いい匂いになってるみたい。なんだか、瑛士さんの背の服を、握り締めてしまう。 「――きもちいい、です……」  ほっとする――なんだかうっとり。瑛士さんを見上げると、瑛士さんは、一瞬止まってから苦笑いを浮かべた。そっと、頬に触れる瑛士さんの手が、なんだかとっても、熱くて、気持ちいい。  ちゅ、とこめかみにキスされる。それくらいの接触なのに、びく、と震える体。もう、熱くなるのも際限がない気がしてくる。頬から首筋にキスしていって、瑛士さんが、すう、と鼻から息を吸った。そのまま、また、ちゅ、とキスされる。 「……ん……くすぐったい、です……」 「うん。……きもちよくなってくから」 「…………っ」  かぁ、と熱くなった顔のまま瑛士さんを見て、ほんとにいいのかな、と思ってると。瑛士さんが、クスッと笑った。なんだかとっても、嬉しそうに。 「――はちみつ、みたい。凛太」 「……はちみつ……? ――あ、ホットミルク、ですか……?終わったら、すぐ淹れるので……」  そう言うと、瑛士さんはまた少し黙ってから、ふは、と笑って――それから、「そうだね」と優しく微笑んだ。  見つめられる瞳が、ひたすら優しくて、甘い感じがする。  って、そんなよく分からないこと――瑛士さんにしか、思ったことがない。 「醜いとかそういうんじゃない。幸せにしてあげる」  瑛士さんの手が、服の中に入って、背中に触れた。 「っ」  どこに触れられても、びく、て震える。抑えなかったらもう息は、完全に荒いと思う。本当は、そんなことしてもらうの、申し訳ないし、見られたくないし。  本当は、一人で全然、平気、なのに――。   一人で、平気……? 「凛太、かわい……」  そんな風に見つめられて、すり、と背を撫でられると、あ、と声が漏れた。汗が、ふきだすみたい。熱い。瑛士さんはまっすぐにオレを見つめたまま、額の汗を指で拭ってから、そこに、ちゅ、とキスした。  平気だって……思ってたのに。  きゅ、とまた心臓が痛くて。瑛士さんの服を握り締めてしまう。 「嫌だったら言って。絶対止めるって約束する――気持ちいいだけなら、オレに任せて?」  優しい声と瞳。  汗だくの額にキスしちゃうとか……瑛士さんは、ほんとに……。 「瑛士さん、こそ……嫌だったら、ほんとに、出てくださいね……?」 「つか、オレが凛太を置いて出てく訳ないでしょ」  くすっと笑った瑛士さんと見つめ合う。大きな手に、すり、と頬を撫でられて、くすぐったくて、ぴく、と震えてしまうと。瑛士さんの綺麗な瞳が優しく細められる。  やっぱり……瑛士さんの手。  優しくて――好き、かも……。  触れてるところから、じんわり気持ち良くて。  近づいてくる瑛士さんの、すこし微笑んでる綺麗な唇を見ていた。 「……キス……また、するんですか……?」 「うん。ごめんね、ファーストキス、したばかりだけど……」  くす、と笑う瑛士さん。 「……ちょっと大人のキス、してもいい?」 「――――」  言ってる意味は分かる。  でも自分がする日が来るとは、思わなかったけど。  超至近距離の瑛士さんは、オレが真っ赤になったのに気づくと。 「ゆっくりね」  言いながら、オレの唇を指でなぞる。ぞくっと体の中が反応して、また涙が浮かぶ。   それをきっと、ちゃんと肯定と取ってくれたんだと思う。  瑛士さんがまた最後、近づいてくるのを見ていたけど――触れる時には、自然と、目が閉じた。  ――今日初めてキスした唇が、もう一度、そっと触れてきた。

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