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122.糸

 体温が上がっていく。それとともに、甘い匂いが自分の周囲に漂っていく。  寝室の中が、フェロモンで満たされていくみたいだ。  前から、自分のフェロモンは、なんとなくは分かってた。  でもこれは、アルファには届かないと、聞いていた。  ヒート時ですら、微弱だからって言ってたのに、なんか……おかしいな、オレ。  さっき、オレが気づくより先に、瑛士さんが気付いだ。  フェロモンで気づいたのか、オレの様子がなにかおかしいって思ったのか、まだ分かんないけど。瑛士さんの方が先だった。 「……ふ……」  ああ、なんか、辛いな……。  すごくゾクゾクする。 身体が異常に敏感になってる。  ぎゅう、と枕にしがみつく。  この状態だと、薬、飲まないとまずそうだけど、こんな状況であの部屋に今は入れないし。  帰るまで我慢。  ……オレ、今まではあまり薬飲まずに、なんとか耐えられていたんだけどな。  薬高いし、副作用とか、嫌だし。外でなったら困るから持ち歩いてはいたけど、精神の力で乗り切る、とか言って飲んではいなかったのに、どうしてだろう。無理そう。  ――有村さんと楠さんには分かってなさそうだったし、なんの反応も無かった。瑛士さんの言葉で悟っただけ。てことは、やっぱり、全然感じてないアルファもいるってことで……。 「はあ……あっつい……」  冷たかった枕も、熱くなってきてしまったような気がする。  ヒートってほんと……何であるんだろう。  今まで何回も思ったことが自然と頭をよぎった。その時。 『αに可愛がられるためになるもの』 『凛太のヒートは、オレが可愛がりたい』  そんな瑛士さんのセリフが、浮かんだ。  じわ、と涙が滲む。  オレのヒートは、重い人に比べたら、全然軽い方だし。  期間が長い人に比べたら短い方だし。  αに届かないっていうのだって楽で、変な事故にもならないし。  だから、人より楽なんだって思おうと、してきた。  全然平気。一人で、全然。耐えられるって。  実際、そう思ってきた。  でもやっぱり、軽くても短くても、それなりにはきつい。  自分を自分で慰めて、ただ耐える三日間は、勉強もできないし、学校にも行けないし。  ほんと、嫌な、期間で。昼も夜も無く発情して――。  だからこそ絶対、楽な薬をつくるって、原動力にもなってたし。  薬が高いから、安いものを。  副作用も大きいから、無いものをって、思って……。 「……っ」  涙が、ぽろ、と零れた。  オレは、一人で、大丈夫ってずっと、思ってきたのに。   「……瑛士さん」  名前を口にしたら、何でか、ボロボロ、涙が溢れてきた。  あ。枕。濡れちゃう。瑛士さんが待っててって言ってたし。来ちゃうんだから、泣いてちゃだめだ。起き上がって、涙を拭いて、息を吐く。  だめだ、なんか、今回のヒート、いつもより、辛い。  弱ってるかも……。 「……っ」  瑛士さんを呼んじゃだめだ。  瑛士さんは、優しいけど。さっきまで付き合ってくれてしまったけど。  これ以上、変に頼りすぎちゃだめだと思う。  さっき、契約の話、ちゃんとしてくれた。――契約は、三年。  お金を貰って、瑛士さんの婚約者の振りをする。  三年で、契約は終わり。  オレもその頃には、大学を卒業して、多分働き出して――。  きっと、瑛士さんは仕事、おちついて、好きな人とつきあったりするんだろうな……。   その頃オレのヒートってどうなってるんだろ。  そこまで考えて、浮かんだのは一つだった。  ヒートが無くなってるってことは、無いだろうから、副作用がなく、ちゃんと効く薬をつくるってこと。  それを目指して、ずっと頑張ってきたんだから。これからも、頑張るだけだ。  ―――すべきことを思いだして、少しほっとする。……頑張ろ。  ふぅ、と細く息を吐く。その息が熱くて――キツイ。  体に触って、出しちゃいたいけど。でも、瑛士さんが来るって言ってたからそれも出来ないし。……薬も飲みたい。さっき飲んでくれば良かった。 「……っ」  不意に、瑛士さんの声と手を思い出しそうになって、ぶる、と首を振る。  瑛士さんに頼っていたら、本当に一人で立てなくなりそうで、怖い。  一人で頑張ってた糸が、切れてしまいそうで、それがなんだか、すごく不安。  瑛士さんが来てくれたら、薬をもらって――今度こそ、帰ってもらわないと。

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