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123.今だけ

   ぎゅ。と自分の体を抱き締めた時、ドアが開いて瑛士さんが入ってきた。  一歩進んで、そこで一回止まった。軽く握った手を口元にあてて、苦笑してる。 「すごいね、この部屋。……薬飲んできて良かった」  苦笑を含んだ、瑛士さんの声。 「凛太、二人とも帰ったからね。もう大丈夫だよ」  瑛士さんが近づいてきて、オレの肩に触れた。びく、と体が震える。  今、触られなくても、敏感なのに。触らないで、と思う。 「凛太、これ、少し強い抑制剤。飲んで。少し楽になるから。水も」  言われるのだけど、自分を抱き締めた腕を解けない。 「瑛士さん、あの……オレの匂い、分かるんですか?」  息を顰めて、そう聞くと。瑛士さんは、うん、と頷いた。 「昨日から――分かるよ。さっきも、そうだと思った」 「……っ……」  何で分かるんだろう、瑛士さん。  ……オレも、瑛士さんの匂い、少し分かる気がするけど……。  オレの微弱なのを分かるとしたら。教授たちが、運命とか話してたのを、瑛士さんにも言っちゃったから。  ……なんだか、それを言う気には、ならなかった。  いい匂いは、する。  ――でも。香水、かも……そんな程度にしておきたい。何で、分かっちゃうのか、分からない。  オレのフェロモンて、何なんだろ……。 「凛太、薬飲もう。きつそうだから」 「瑛士さん……薬、と水、置いて」 「え?」 「出て、ください」  そう言うと、瑛士さんは、腕に触れてる手に、少し力を込めた。 「だから凛太を一人には」 「ずっと、オレ、一人で大丈夫だったので……」  何か言おうとした瑛士さんの言葉を遮って、オレは言った。  ……瑛士さんの言葉。遮っちゃったの、初めてかもしれない。俯いてる瞳から、涙が滲む。 「大丈夫、です。オレのヒートは、軽いので」 「――――」  瑛士さん、何も言わない。少しの間、沈黙が、流れた。  怒ってるのかな。……優しく、してくれてるのに。拒否して。  少し瑛士さんが動く気配。 「凛太、薬、飲もうね」  手がオレの顎に触れた。優しい仕草で、上向かされる。  不意に影が出来て、かと思ったら、唇が重なってきた。同時に口に流し込まれたのは、多分、薬と水。ごく、と飲み込んだ。  ゆっくり、唇を離した瑛士さん。   ――咄嗟に。離れないで、と思ってしまった。 「……えい、じさん」  自分を押さえつけるために抱き締めてた腕を解いて。  瑛士さんの肩に触れて、そこの服をぎゅ、と握る。  瑛士さんが微笑む気配がして、その手が、オレの後頭部を包む。 「凛太。抱き締めて……キスして、いい?」  甘い、声。優しい瞳。胸が、締め付けられる。ダメなのに。頼っちゃ。そう思うのに。  ――小さく、頷いていた。  ぎゅっと目をつむると、瑛士さんがオレを抱き寄せた、 「一人にしないよ」 「……っ」 「凛太が居てほしい限り、ずっとそばに居るから」 「―――ずっと、ですか……?」 「うん。ずっとだよ。頼っていいよ」  甘い声。甘い言葉。――甘い、匂い。  瑛士さんの手がオレの髪を撫でる。  ずっとな訳は、ない、けど。  ……今だけ。  瑛士さんが、いいって、言ってくれてる間だけ。  ぼろ、と涙が零れた時。瑛士さんが、オレの涙を親指で拭った。 「凛太、あとで―――話したいことがある」 「……?」 「迷ってたんだけど――こんな風に泣かせたくないから、ちゃんと話す。聞いて、考えほしいんだ」 「……はい……」  瑛士さんの話。聞かないという選択肢は、ない。  何のことか分からないけど、頷いた。  すると、瑛士さんが優しく微笑む。  その唇が近づいてくるのを間近まで見て。触れる瞬間、オレは、瞳を、閉じた。  触れるだけの優しいキスが、角度を変えて、繰り返される。 「……ふ……ン……」  触れてるだけなのに、涙が浮かんで、熱くなる。  ――ふわり、いい匂いがして。ぎゅ、と目をつむる。  瑛士さんの背中にしがみついたら、舌が入ってきた。  舌が触れ合った瞬間、電気が走ったみたいになる。  ――そのまま、舌が、ゆっくり絡んでくる。 「……っ……ん……」  ゾクゾクして、首を振ろうとしたけれど、顔を固定されて、さらに深く舌を差し込まれた。  喉の奥でくぐもった声が漏れた。  包み込まれるように、抱き締められて、また涙が、滲んで零れていった。

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