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130.隣に立つこと
竜と話してる途中で教授が入ってきて、授業が始まった。
もちろん真面目に聞いてる。
真面目に聞いてるけど、なんだか、ふ、と瑛士さんの顔が浮かぶ。
こんなことは、初めてかも。
勉強してる時に、ただぼんやり人の顔を思い浮かべるなんてこと、瑛士さんと会うまでは無かった。瑛士さんと一緒にいると、今まで無かったことがたくさんにある気がする。
一番、不思議なのは。
瑛士さんのことを思うと、なんか――胸の中が、ほわ、とすること。
不思議……。
そこからは切り替えて、一生懸命講義を受けた。
講義が少し時間オーバーして終了した時、ぶ、とスマホが震えた。
『凛太、大丈夫? 帰るなら迎えに行くからね』
そんなメッセージが、瑛士さんから届いていた。
見た瞬間。別れるまで寂しそうに見えてた瑛士さんの顔が思い浮かんでしまって、ふ、と苦笑してしまった。
帰るなら迎えに行くって。瑛士さん、お仕事、忙しいだろうに、そんなの楠さんに許してもらえないと思うんだけどな。やっと会社に行ったのに、瑛士さん。
ていうか、なんか可愛かったなぁ、瑛士さん。今までもたまに、なんだか可愛い時、あったけど。
子犬みたいな瞳をするって、どうなんだろう、あんなにカッコイイ人が。ふ、とまた笑ってしまいそうになっていると、横で竜が呆れたように笑った。
「気持ち悪いぞ、お前」
「し、失礼な。気持ち悪くはないし。なんか瑛士さんからのメッセージが面白くて……」
目を落としたら、続きがあることに気づいた。
『パーティーは再来週の土曜だから。出来たら、今週から、いろいろ準備したいんだけど――最低でも、週に一回ずつはエステに連れていきたい。再来週は美容院も。行けそうかな?』
そういえばあの時、言ってたなあ。と思い出す。あの後ヒートだったりで大変だったから、完全に忘れてた。
「あのさぁ、竜」
「ん? ていうか、移動しようぜ、次の教室」
「うん……」
立ち上がりながら、首を傾げていると、「何?」と聞かれる。
「オレ、エステに行くみたいなんだけど」
「――ぷ」
一拍置いて笑い出した竜は、オレがため息をついていると、
「まあいいんじゃねえの。綺麗になってこいよ」
「なるかなぁ……限度があるよね。」
「はは。おもしれーな」
何を想像してるんだか、楽しそうな竜にもう一度ため息。
「オレがエステ行ってさ、どうにかなるのかなあ。竜、行ったことある?」
「ない。必要な気がしない」
「……そうだよね、そのままでカッコいいよ、竜は。……あー、そうだ、オレ、瑛士さんの隣に立たないといけないんだもんね」
なんだかすごく実感がわいてくると、自然と眉が寄ってしまう。
最初、結婚式をしようと思っていたけど、あれは全然気持ちが入ってなくて、三年後にはお別れするはずだったし。瑛士さんに釣り合わないとか、そんなの本気で心配したりはしてなかったから、良かったんだけど。
あんな感じのこと、言われて、瑛士さんのことを、意識してしまうと。
瑛士さんの隣に立つのがオレで許されるのかしらと、なんだかそんなことが気になってしまう。
オレなんかが横に立って、「そんなのとどうして!」って言われちゃったらどうしよう。うう。可能性はあるかも。ていうか、いっぱいあるかも……!
なんかオレを選んだ瑛士さんが、忙しくておかしくなったのかとか思われちゃって、変な目で見られちゃったらすっごく困るよな。
うーん……。どうしよ。考えれば考えるほど不安になる。
大学の廊下を歩きながら、真面目に色々考えていたけれど。
オレはふと、隣を歩いている竜を見つめた。
「とにかくオレ、エステ、頑張ってくる!」
「……へえ~?」
竜は、口元を押さえながら、面白そうにオレを斜めに見下ろしてくる。
「何のエステ? 痩せるとかじゃねえよな? 必要ないもんな」
「えー? 肌、とかきれいにしたりするのかな? って、そういえば、なんだろうね? なんか、可愛くしてもらってとか言ってたような……可愛くなるかな」
なんだか頭を抱えたい気分になってきた。
「そういや結婚式がなくなったなら、どこで発表するんだ?」
「あ、そうだった。あのね、瑛士さんのおじいさんが開く、グループの創立記念パーティーで発表するみたい。だから、竜や教授たちに結婚式に出て貰わなくてもいいみたいでさ。それは良かったよね?」
「……あー。それ、ね。むしろ、行きたいかも」
「え? 創立記念のパーティーに? なんで?」
面白いこととかはなさそうだけど。
首を傾げて聞いたオレに、竜はクスクス笑った。
「ちょうどいいや。次のコマ、教授たち居るし、聞いてみようぜ、その話」
「あ、うん……」
なんか竜ってば楽しそうに笑いながら、次の教室のドアを開けて中に入っていったので、なんだろう? と、不安になりながらオレも後に続いた。
あ、そうだ。瑛士さんにお返事しないと。
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