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133.伝説の?

  「きのこのパスタ、おいしい……」  今度、パスタもいいかなぁ。瑛士さん、何が好きかなぁ。  ペペロンチーノか……カルボナーラか、クリーム系か……?  んー。  などと考えていたら、竜がちら、とオレを見た。 「そういや、あれは?」 「あれって?」 「胸が痛いとか言ってた、恥ずかしいやつ」 「…………恥ずかしいとかじゃないし」  ニヤニヤする竜に、むー、と眉を顰めると。 「さすがに分かっただろ、いろいろ進んで」 「進んだって言い方ね……んーあのね。たぶん、瑛士さんが優しすぎてさ……契約なのに、好きとかはダメだなって思って――だから痛かったのかなぁ……とは、ちょっと、思ったけど」 「ああ。なるほど、そっちか」 「でも、いまいちちゃんと覚えてなくて、よく分かんないとこもあるけど」  付け足してそう言うと、竜は水を飲みながら、オレを見た。   「てことは、その後は、痛くなってないのか?」 「うん。痛くはなってないかも……」  でも、痛くはないけど、きゅうっ、とはなる。胸の奥の奥の方が。  でも、それは、泣きそうな感じではなくて。……なんか、あったかいというか。うーん。これはなかなか言葉にはしにくいし、言ったらまた笑われそうだから、言わなくていいかなぁ。 「瑛士さんの、プロポーズみたいなやつ、意外だった?」 「ぇ、何その質問。意外だったよ。当然みたいに思える訳ないじゃん」 「そうか?」 「え、何? どういう意味?」  何が言いたいのかよく分からなくて、竜を見つめていると、竜は、ちょっと肩を竦めた。 「――瑛士さんは、最初から、凛太を特別そうにしていたと思う」 「……」 「だから言ったろ。流されずにお前が決めるなら、応援するって」 「――うん。言ってた」  口調を少し真面目にして、竜がオレを見つめた。 「お前は契約だって思い込んでたから、考えもしなかったかもしれないけど……瑛士さんが結構最初の方から、お前を気に入ってたのかもしれないと思ったら、思い当たることは無い?」 「――」 「契約じゃないかもって思わなかったか?」  そう言われて、最初の頃からの瑛士さんを思い出す。 「すごく近くに居て、可愛がってくれてた気はするけど……でもなんか皆に優しそうだから」  そう言うと、竜は苦笑した。 「凛太は――自己肯定感、あんま高くないよな」 「……それはそう、かも」  ちょっと考えてから、頷くと。 「甘やかしてもらって、上げて貰えよ」 「……何それ」 「いや。いいことだろ。褒めてもらってあげてくのって、自己肯定感、すげえ上がりそうだから」  はは、と笑う竜。 「まあまだここから三年? 長いからどうなるかは、分かんねぇけど」 「……うん。そだね。自己肯定感、かぁ……」  ふ、と考えて、竜を見つめる。 「竜も瑛士さんも……教授たちもかなぁ。すごく高そうだよね」 「そう?」 「揺るがないでしょ、多少のことじゃ」 「どうだろうな」 「絶対そうだよー、竜なんて、誰に何を思われたって、自分の道を進みそうだもん」 「――それ言ったら、今言った四人は皆、そんな感じだけど」  そこまで言ってから、竜はオレを見つめ返した。 「でも、お前もそういう意味で言うなら、揺るがないし、自分でいろんなこと決めてるだろ。そういう意味では強いんだよな」 「――まあ……でもほら、一人だったから、自分で決めなきゃいけなかったというか……? それは強いって言うのかな?」 「言う。一人の奴が、皆、ちゃんと決めてるかって言ったら、そんなこともねえし。よくαだらけの医学部に入ろうなんて思ったよな」  ふ、と竜が笑う。 「まあ、オレはβって偽れてたからね。βなら居るじゃん、医学部」 「まあそうだけど……実際、Ωだった訳だしな。根性はあるから、お前」 「そう?」  ふ、と笑って頷く竜に、ちょっと嬉しくなって、ありがと、と言った。 「今はあんまり、こういう時に言ってた、とは具体的には言えねえんだけど」 「うん?」 「お前、たまに、オレなんか、みたいなこと言うから」  目の前で、なんだっけな、と考えている竜に、オレは、ちょっと唇を噛みしめてしまう。 「――あーだめだ、思い出せねぇな。とにかくあるんだよ、たまに。オレなんかって類のこと言う時が。自分では分かんねえだろうけど」 「……ん、わかる」 「え? ああ、分かってんの?」  竜、ちよっとびっくりした顔で見てくる。 「……こないだ、瑛士さんにも言われて――あの時は、おみやげ、買ってもいいですか?って聞いたんだけど」 「――」 「オレなんかが買ったのなんか、要らないかなって気持ちが、多分あって……聞かなくてもいいこと、たまに聞くなあって瑛士さんに、言われた」  竜は、苦笑いを浮かべてる。 「おみやげ買いたいですって言ってって、言われた」 「――はは。そっか」  少しの沈黙。 「瑛士さんなら、安心かもな。お前みたいのも」  ふ、と竜が笑う。 「ありがとね。竜」  いつもなんか、助けてくれて。オレのこと。分かってくれて。   「竜ってほんと……いいお医者さんになりそう」 「そーか?」 「言わなくても分かってくれる伝説のお医者さんに……」 「お前くらい分かりやすくないと無理だな」  そんな風に言われて、ふ、と顔を見合わせて、笑った。

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